SSブログ

フェルメールはあまり好きではないのだけれど・・・(笑) [散歩・散走]

今日は平日なのですが、午後から「ワンコイン市民コンサート」が予定されていて、半ば強引に有給休暇にしちゃって、まるっと1日お休みを頂きます。
そして、その貴重なお休みを無駄に出来ないので、空いた午前は大阪市立美術館で開催中の『フェルメール展』を訪ねます。

フェルメール展.jpg

西日本過去最大規模を謳うエキシビションは、先に東京・上野の森美術館で催され、大盛況のうちに幕を閉じ、02月16日(土)から05月12日(日)までを会期として、天王寺公園内の大阪市立美術館で開催される。
恐らく土日祝日は超(々々)混雑が予想されるから、会期初めの平日の朝一番に伺っちゃおうという作戦なのですが・・・。

ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer 1632年10月31日? - 1675年12月15日?)。
オランダ黄金時代のネーデルラント連邦共和国の画家で、バロック期を代表するアーティストの一人・・・とされているのですが、生没年もはっきりせず、誰の下で、何処で修行したかも分からないまま親方画家として登録されて、純金と等価とも言われた高価な絵の具を惜しげも無く使い、現存する作品は僅かに35点。その謎めいた生涯と精緻で綿密な作風から「北のダヴィンチ」とも喩えられる。

・・・のはともかく・・・、

常日頃、フランス近代音楽やフランス近代美術が大好物だと公言しているワタシがどうしてバロック期のオランダの絵画展、『フェルメール展』なのよ?! ・・・ということなのですが・・・。

フランス革命後、革命軍が当時のオランダに侵入、制圧、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの弟ルイ・ボナパルトを国王と戴くホラント王国になり、間も無く完全にフランスに併合されてしまう。
オランダは一時期、短い期間ではあるけれど、フランスだった・・・ということで・・・。

さらに・・・、

フェルメールは生前、最年少で聖ルカ組合理事に、それも二回も選出された、当時から優れた技量を持つ画家として知られていたようですが、あまりに寡作でその作品が主に個人蔵となり、流通することも少なくなったこともあって、歴史の影に潜んでしまい、再び脚光を浴びたのは19世紀末、時代が大きく様変わりする頃に印象派の画家が”お手本”として注目したことによる訳で。
画家だけにとどまらず、フランス近代の芸術家が挙って興味を惹かれたとあっては見過ごすわけには参りません。
彼らがオランダ黄金時代の絵画に着目したのは何故か。
まさか19世紀末から20世紀初頭の「良き時代」がオランダ黄金期の「チューリップ・バブル」のバブリーな馬鹿騒ぎに似て、それに惹かれた・・・という訳ではないでしょう。17世紀オランダの古典派具象絵画が、新たな写実主義を模索するフランス近代の芸術家たちを魅了した、その理由を探るのがテーマで来訪理由。

IMG_2852.jpg
IMG_2853.jpg

大阪市立美術館
の開館は09h30。
その少し前に天王寺公園内に建つ美術館前に辿り着くと、平日の朝だというのにすでに50~60人ほどの行列が!!
もう少し早く出て来るべきだったのかとも思ったのですが、混雑するというほどでもないでしょう。ロッカーにコートとバッグを預けて、臨戦態勢(?!)で臨みます。

IMG_2967.jpg

フェルメール展』とタイトルされていますが、そこに展示されるフェルメールの作品は僅かに6点。現存作品を全部持ってこいとは言わないけれど、それじゃあ余りに物足りない。
という訳で、彼が影響を受けた(と思われる)画家の作品、彼に影響を受けた(らしい)画家の作品、彼と同時代の画家が描いた作品、総数45点が集められたエキシビション。
それらが、
第1章 オランダ人との出会い:肖像画 Meeting the Dutch
第2章 遠い昔の物語:神話画と宗教画 Tales from the Past
第3章 戸外の画家たち:風景画 Painters Out and About
第4章 命なきものの美:静物画 The Beauty of Inanimate Objects
第5章 日々の生活:風俗画 Everyday Life
第6章 光と影:フェルメール Light and Shade
画題ごと、6つのセクションに別けられて、タイトルロール(?)のフェルメールは結尾を飾る。
先に催された東京編と若干内容が異なり、フェルメール作品も8点から2つ減っちゃう代わりに日本初公開となる「取り持ち女」が加わったり、盗難事件の被害にもあった「恋文」は大阪展のみ公開。裏事情はともかく、フェルメールだけがお目当てだったら、東京・大阪ともに観ろってことですか?!
ワタシの鑑賞テーマからすると、まァ、フェルメールは2~3点もあれば十分、それで答えを見出せる・・・はず。

まずは『肖像画』のコーナーから。
八十年戦争、12年の停戦、三十年戦争を経てスペイン王国から独立を勝ち取って、その疲れも見せずに貿易、産業、芸術、科学を発展させた、時のネーデルラント連邦共和国は主に極東地域との貿易やそれに付随する造船、金融で巨額の利益を得て、歴史上最初のエコノミック・バブルを経験することとなり、それに関わった商人たちは贅を極め、その栄華を留めんと肖像画の作製を依頼することになる。
それまで支配していたスペイン王国の王族、貴族に肖ろうということでもあったのでしょう。肖った像の画?
商人は威厳と豊かさを加え、その夫人や子女は美しさを添えて、今風に言えば”盛ってる”のでしょうが、これが受けに受けて、(半ば虚栄心を写し取った)市井の人々のポートレートがまさにテンコ盛り。

フランス近現代絵画好きなワタシとしては・・・、
写実に描かれた旧い時代の絵画なんて、カメラやムーヴィーの無い時代にそれらに変わって、美麗な人物像や風靡な風景を永遠に留めんとする、「芸術」ではなく「記録」・・・程度に考えて、在るものを有るがままに写し取っただけ、「ありのままに」って『アナ雪』か(!!)と憎まれ口を聞きたいほど、無関心というか、まだまだその美しさを見極める審美眼を持ち合わせていなかったのでしょう。
聖書やそれに類する故事から重要な出来事を記念し、それに取材し、それを画題とした宗教画は文字を読めない人にも伝わるようにと描かれたイラストレーション。それが栄耀栄華を極めた人物像に変わり、その背景に描かれた風景も重要な要素から風景画として独立。リアルであればあるほど、「記録」画めいて、その美しさを永遠に留めるための「技巧」・・・だと考えていたのですが・・・。
写実とは言いながら、よォ~く眼を凝らして観れば、必ずしもリアルじゃ無い。”盛ってる”、 “盛ってない”は別にして、それぞれが工夫を凝らした技法、筆運びで、精緻な画風を極め、「スフマート」と呼ばれる技法を編み出したり、より遠近感を得るためにカメラ・オブスクラを用いたり、ここに集められたオランダ画家だけでもそれぞれが、独自の技法、作風を駆使して、オリジナリティを発揮している辺り、「記録」では無く、やっぱり「芸術」なのでしょう。

肖像画にしろ、宗教画、風景画にしても、たとえ同じテーマを扱っていても、それぞれに筆致が異なり個性を見出せるのですが、ワタシが関心を抱いたのはその主題の描き方、捉え方。

肖像画や静物画なら、そこにある人物なり静物を際立たせるために、それにスポットライトを当てて、光と影、それは「光の魔術師」フェルメールがお得意とするところでもあるのでしょうが、彼に前後する画家たちも、光源の位置や光量を加減してそれぞれに描きたいものを浮かび上がらせようとした工夫が見られる。
同じように、人を描きながらも、その皮膚に刻まれた皺や肌合いを捉えるのか、身に着けた装身具を輝かせるのか、その表情に潜む心象まで描いているのか。

トビアと天使のいる風景.jpg

より漠然と広角的に捉えた宗教画や風景画なら、その配置に着目。
第2章 遠い昔の物語:神話画と宗教画』に飾られた作品こそ、そのストーリーの主人公たる人物が大々的に描かれて、寓意を含んだ小物や背景がそれを取り巻いて、『肖像画』に近い印象を与えるのですが、『第3章 風景画』、『第5章 風俗画』がそれこそ多種多様で見応えあり。一部は肖像画の延長であって、港と船をメインに据えて、バブリーに賑わう街の繁栄を写し取ったものでもあるのでしょう。あるいは、その裏側、戒めとしてのニコラース・ベルヘム(Nicolaes Berchem 1620年10月01日 – 1683年02月18日)作「市の城壁の外の凍った運河」。
本来なら『宗教画』となるはずのアブラハム・ブルーマールト(Abraham Bloemaert 1566年 - 1651年01月27日)作「トビアと天使のいる風景」が、その主題であるはずのトビアさんと大天使ラファエルが随分と遠いところにポツンと小さく描かれ、謎のツリー・ハウスと二匹の山羊さんと呑んだくれて倒れているトビトさん(?)が目立っちゃって、そのためか『風景画』に列している。
主題だとか様式に煩くなって、「芸術」でございと構えるのはもう少し後の時代。この時代のオランダ人たちは結構好き勝手、大らか、自由に描いた・・・というより、依頼されて描く絵画職人さんだったのでしょう。

それが凝り固まったアカデミスムからの脱却を狙った近代の画家たちの琴線に触れた・・・ということでしょうか。

ワタシとしてはその主題の捉え方、置き方が参考になりました。
といって、絵を描くわけではないのですが、例えばレポートなりブログなりにしてもテーマをどこに据えて、それをどういう切り口で示して、どう修飾するか。絵画も、音楽も、文章も同じこと。綺麗だわ、お上手だわと感心しているだけが芸術鑑賞ではないはず。それに学んでこそ、お高い入場料を支払う価値があるというもの。
芸術が新たな芸術を生み出し、形を変えながらも広がっていく。それを見聞するのが面白いと感じます。
オランダ黄金時代のネーデルラント連邦共和国の絵画職人たちの描いたものが300年の後にフランスでバルビゾン派や新しい写実主義絵画として蘇る。そのドラマ性から文学者までも魅了して。
具に見つめると、それらしい筆運びが見える。少し離れて眺めると、構図の取り方に似たものを感じる。様変わりした部分と止まっている要素。その留まっているものが「芸術」の本質なのかなァ・・・とも思いました。なんだか、300年なんてあっという間とも思えたり。

『フェルメールの"時代"展』ならこの45作品でもよかったのですが、『フェルメール展』として、フェルメールに影響を受けた画家というなら、近代の作品も幾つか並べて欲しかったかなァ。
で、何をおいても、同じオランダ、ハン・フォン・メーヘレン(Han van Meegeren 1889年10月10日 - 1947年12月30日)を加えて頂きたかったかなァ。一番影響を受けて、ある種一番天才的?!
フェルメールメーヘレンを並べて見比べたら、何か特別なものが浮かび上がってくる・・・かも知れない?

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント