SSブログ

The Real Chopin in KYOTO [音楽のこと]

さて、半日分ながら前フリが例によって長文となって、メイン・イベントは二部制の後半。中食を中入りとした前場・後場の、中入り後は京都コンサートホールでの「The Real Chopin」のレヴュウとなります。


The Real Chopin.jpg

The Real Chopin」といっても冥府からフレデリック・フランソワ・ショパンがお出ましになられるわけもなく、正式なタイトルは「2つのショパン国際コンクール優勝ピアニストによるThe Real Chopin × 18世紀オーケストラ 京都公演」ととても長い、18世紀オーケストラの11年ぶりの来日公演。
オランダを拠点とする古楽オーケストラは、創設者のフランス・ブリュッヘンさんが2014年に没して以来、(パンデミックなどの影響もあったのでしょうが)日本で公演する機会も失くしてしまい、随分とご無沙汰の渡日ツアー。
ブリュッヘンさん亡き後、創設当時のメンバーも幾人かは楽団を去り、新しいメンバーへと世代交代の過渡期でもあるとのことで、いわば「シン・18世紀オーケストラ」のお披露目ともなるようで。
そして、もちろん、タイトル通りプログラムにはショパンの作品が並んで、京都公演ではピアノを交えての協奏曲2題。

そのピアノ、きょうのステージに用意されるのは19世紀半ばに作られたフォルテピアノ、古楽オーケストラに相応しく、また「Real Chopin」に似あわしい「1843年製 プレイエル マホガニーケース 製造番号No.10456」。ヴィンテージどころかアンティーク、モダン・ピアノに似て非なるご先祖さま的鍵盤楽器。
ワルシャワを経ってパリに至ったショパンが愛用したのがこのフランス製フォルテピアノショパンが触れたものとは別個体ではあるのでしょうが、1810年に生まれ僅か39歳で没した彼が生きた時代に製造されたモデル。ジョルジュ・サンドと共にパリからマヨルカ島へ渡り、帰仏しサンドの別荘で暮らした頃に作られたのでしょう。

それを演奏するソリストも「Real」の証し。
客演するお二方の一方、ユリアンナ・アヴデーエワさんは「第16回ショパン国際コンクール」の優勝者で、18世紀オーケストラとも共演歴があり、共にショパンの「コンチェルト1番&2番」をレコーディングされておられる。
もうお一方は、「第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール」優勝者のトマシュ・リッテルさん。同コンクールでは18世紀オーケストラとの協演もあって、やはり協奏曲を演じたのだとか。
「ピアノの詩人」と呼ばれるくらい独奏曲の佳作が多くあって、ショパン作曲の管弦楽は全部でも十指にも満たず、それもピアノ有りきのものばかり。しかしながら、バッハからモーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、そしてメンデルスゾーンやショパンまで幅広いレパートリーを誇る18世紀オーケストラも「ピアノの詩人」との繋がりは強く、ワルシャワで2005年から毎年8月に開催されている「ショパンと彼のヨーロッパ国際音楽祭」のレジデント・オーケストラを務め、11年振りの日本ツアーは昨年の音楽祭に出演された2人のショパニストとの共演となって、「ショパンと彼のヨーロッパ国際音楽祭」がまるっとお引っ越し来日公演のようなプログラム。

今回の日本公演は、京都で幕を開け、10日が大阪で、11日と12日が東京、13日が福岡、4箇所で計5公演の開催。
で、明日の大阪公演がワタシの生まれた堺市のホールで催されて、明日以降は「第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール」で2位となった川口成彦さんも加わるのですが、そちらに行かず今日の京都を選んだのは、5公演に対してプログラムが3パターンあって演目が異なり、京都の方に惹かれちゃったわけですな。公演初日の緊張感も味わいたくて。
明日は母に呼ばれて朝から堺の実家へ行くのですが、午後は仕事が入って遊んでいられない。

京都公演の演目は、
ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト交響曲第35番 ニ長調 K385ハフナー』」
フレデリック・フランソワ・ショパンピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21
藤倉 大Bridging Realms for fortepiano
フレデリック・フランソワ・ショパンピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11

コンチェルト2番リッテルさんがソロを担当し、インターミッション後のフォルテピアノ独奏曲コンチェルト1番アヴデーエワさんがその任に当たる。

2024030902.jpeg
2024030901.jpeg
2024030903.jpeg

13h15開場。
その少し前にホールに入り、館内のカフェでコーヒー・ブレイク。小1時間のうちに18世紀ヨーロッパな気分にシフトしないといけませんの。
開演時間が迫り、指定された席を占める。ワタシが頂いたお席は1階1列5番。1階から3階まであって総席数1,833席の最前列ではあるが、かなり下手寄りで眼の前には3台の5弦コントラバスが横たえられている。5弦????
ステージを見渡すと、センターにポディウム、その上手側にプレイエルフォルテピアノがスタンバイ、奥の壁には随分と現代的な拵えのドイツ・ヨハネス・クライス社製のパイプスが並び、今時のホールらしくオルガン席もあって、こちらは超近代的に見えて落ち着いた色調が古楽器っぽいかしら。
何か違和感があると思ったら、譜面台こそかなりの数が用意されているのに演奏者用の椅子がステージ上に無い!? 4名のチェリストを除いてほぼほぼ全員が立奏であるらしい。
最前列をよいことに、ステージに近づいて、まずはアンティーク・ピアノを具に観察してみるが大屋根が取り外されてはいるものの肝心の内部構造を覗き見ることは叶わず、鍵盤側を窺い知ることも出来ない。現代のコンサート・グランド・ピアノよりひと回り小振りに見えて、横幅も狭いから鍵盤数も少し少ないのでしょう。マホガニー製のボディはアンティーク物と思えないほど美しく磨き上げられ、何より眼を惹くのはそのレッグライン!! 中程にくびれと力こぶ(?!)があって先端にいくほど細く絞まる。100万ドルの脚線美!? 脚線美の誘惑?! ペダル周りの意匠も凝ったもの。

・・・と見惚れているとホールに1ベルが響く。はい、脚フェチはお仕舞いにしてお行儀よく着席して開演を待ちましょう。

14h00開演。
盛大な拍手に迎えられて18世紀オーケストラのメンバーが楽屋口からステージへ、三々五々それぞれの持ち場に進み出る。
最後にご登壇されるのは指揮者・・・ではなく、今回のコンサート・マスターとなる女性ヴァイオリニスト。独立したコンダクターは居られず、コンマスがその代役となるようで。
ひと呼吸おいたところでチューニング。それがちょっと低め。いわゆるモーツァルト・ピッチ、クラシカル・ピッチでしょうか。古い拵えの楽器は高張力に耐えられないためか、現代的な演奏より低めのチューニング。それがモーツァルトショパンの頃のスタンダードでもあったのでしょう。
20数台並ぶ弦五部はガット弦を張った所謂バロック・ヴァイオリン族。殆んどがヴァルブ機構を持たないラッパ然とした金管楽器群。そして、文字通り木製となる純木管楽器群。それらが醸す音色は優しく柔らか、高いピッチに慣れた耳には新鮮でさえあるような。

ポディウム上のコンマスがそれらに眼線を送って呼吸が合ったところで、11年ぶりの来日公演の除開き。演目はモーツァルト交響曲第35番 ニ長調」。
Real Chopin」とはなっているものの、「フランス・ブリュッヘンの思い出に」ともなっていて、創設者ブリュッヘンへのトリビュート公演でもあるようで、彼が最も愛したアマデウス・モーツァルトが幕開け。
大阪や東京では「第40番」が予定されていて、そちらも聴きたくなっちゃうのですが、ハフナー家に献呈された祝賀のためのセレナーデを雛形とするシンフォニーは華々しくもあり、優柔な音色ながら強い推進力も感じられて、強いながらもふんわり軽やか、初めて吹いた春風のようで祝祭の開幕に相応しい印象を示す。
古楽オーケストラのサウンドは、現代的なそれと異なり控えめにも感じられるが、音が立つというよりじんわりと染み込んでくるように思えて、温かみを感じさせる楽音に包まれてほっこり出来るような・・・。それは多分よく効いたエア・コンディショニングのお陰であって、外は雪まじりでめっちゃ寒いンやけどね。

パッショナブルな余韻と湧き上がるような拍手、歓声。その中をメンバー全員が一旦楽屋に戻って、その間ステージでは座奏用の椅子が用意される。
そこに管弦楽団が戻って、彼らを追うようにご登壇されるのがトマシュ・リッテルさん。ポーランド生まれの彼はピアノだけでなく、今回のようなフォルテピアノ、それにチェンバロも演奏される鍵盤楽器奏者で2018年に開催された「第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール」優勝者。
そのコンクールでも18世紀オーケストラと協演されて、その時演奏されたのもショパンピアノ協奏曲第2番」。
リッテルさんが1843年製プレイエルの前にスタンバイ、音調べ。齢百八十を数えるピリオド楽器は、やはり少し低めに調律されているようで、古楽器で構成される管弦楽もそれに従う。
ショパンがまだワルシャワに在った頃に作曲されて、オーケストレーションは他者の手によるともされるコンチェルト1番&2番2番の方が先に発表、初演されて、それに合わせて今日のプログラムも先に2番なのですかね。
ピアノ独奏で演じたとされる祖国での初演時はフランス製プレイエルではなかったでしょうが、ショパンがパリでのデヴュウに当たり用意された会場がプレイエル社が運営するサロンで、そこに用意されたのは当然同社の製品だったことでしょう。当時の記録は多く残っておらず、残されたプログラムには「ピアノ協奏曲のアレグロ」、「大ポロネーズ」、「ピアノ協奏曲のロマンスとロンド」と演目が列記されるだけで編成は分からず、一説にはオーケストラではなく弦楽五重奏との協奏であったとか(ベートーヴェンの弦楽五重奏曲が1曲目に見られる)、全パートをピアノだけで演奏しちゃったとか・・・。
恐らくショパンがピアノで作曲し、管弦楽器の音域や構造をまだ理解尽くしていない彼は何方かに助言を請うたか、手直しを依頼したのかも知れません。彼なら全パートをピアノ1台でこなせたような気もします。知らんけど。作曲家としてではなく技巧を誇るパフォーマーとしてのデヴュウを狙ったのか、依頼されたのか、自作曲を演奏するピアニストとしてそこに在ったように感じます。
何れにせよ、リアルな逸話よりファンタジックな伝説の方が色々妄想考察出来て面白いに決まっている。
ショパンが生きた時代、彼がおフランスの聴衆に向けて初めて弾いたのがプレイエルで、それが今日18世紀オーケストラと2人のショパニストによって再現されているのだから面白くないわけがない。
どうもお話しが妄想方面へ暴走しそうです。ステージに集中しましょう。
壇上のコンマスが弓を振るって、Maestoso…荘重に始まる第1楽章。その主題を引き継ぐのはヴィルトゥオーゾなピアノのパッセージ。
音圧・音量、音の張りや煌びやかさは現代のコンサート・ピアノに一歩譲るが、大きさより膨らみ、圧倒感ではない柔らかく優しい豊満感、肉感的にさえ感じる温かみを含んで十分に拡がり響く音色。高次倍音があまり立たない、伸びない代わりに基音や低次倍音がしっかりと響くのでしょう。恐らく金属フレームを持たずキラキラ感が少ない代わりにボディの鳴りがふくよかで、当然ながら古楽器管弦楽との相性はバッチリ。こちらを基準に採れば、今時のピアノはキンキンうるさい・・・と思っちゃう!?
以前にフェニックス・ホールで聴いたドビュッシーの頃の、アリコートシステムを備えたブリュートナーとも違う。ましてや、よく聴く1920年製ベーゼンドルファー252 リスト・フリューゲルとも1905年製スタインウェイB-211などのヴィンテージとは世代間ギャップを感じる。時折り聴かせて頂くパパ・バッハの時代のジルバーマン・ピアノの息子・・・といった雰囲気かしら。
何しろお爺さんどころかご先祖さま級で個体差も随分あるでしょうが、きっちりと修復されて、しっかりとチューニングされてもいるのでしょう。不安定さはなくて、低音域もさほど濁るようにも感じない。
それをピリオド楽器に精通したショパニストが奏でるのだから、この楽器の美味しいところが存分に活かされてもいるのでしょう。素材の良さを存分に引き出した演奏を聴いちゃうと耳が肥えてモダン・ピアノでのショパンは聴けなくなる・・・かも。いや、あとあと問題になりそうな贅沢感、耳の至福。

演じ終えたリッテルさんを圧し潰してしまいそうなほどの万雷の拍手。感謝と祝福。
それに応えてのアンコールは、フランツ・シューベルト作曲/フランツ・リスト編曲「歌曲編曲集白鳥の歌』」より「ドッペルゲンガー」。あらッ、ショパンじゃないのね?!
暗くて重い、思わせぶりな影法師との対話、ダイアログ的なモノローグ。
オケのメンバーもステージに残って聴き入っていましたね。

2024030904.jpeg

ここで休憩。前半だけで十分満足させていただいたような心持ちもするのですが、もちろん後半のアヴデーエワさんも聴き逃すわけには参りません。
それに向けて、演奏家が離れた後のプレイエルは調律師によって入念なメインテナンスが施されている。

ベルに促されて再び18世紀オーケストラのメンバーがステージの持ち場につき、彼らと観客の盛大な拍手で招き入れられるのはモスクワ出身のピアニスト、ユリアンナ・アンドレーエヴナ・アヴデーエワさん。彼女は2010年の「第16回ショパン国際コンクール」で45年ぶりの女性覇者となり、ブリュッヘンさん率いる18世紀オーケストラの11年前の来日公演にも同行し、その後はソロで来日を重ねるもここ数年はコロナ禍に阻まれたり、ワタシの方がうちの奥様の抗がん剤治療が続いていた折りで都合がつかず残念したりで、今回のツアーを心待ち。
今日のアヴデーエワさんは、長い髪を結い上げて、ラメ入りボーダー柄のパンツ・スーツ、マニッシュなジャケ&パン。スラリとした御御足の先には華奢なヒールのパンプス(ペダル踏み辛そう)。とてもシックです。
最初に演奏されるのは大阪生まれで英国在住の現代作曲家、藤倉 大さんの「Bridging Realms for fortepiano」。第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクール委嘱作品でフォルテピアノ独奏曲。今日が日本初演、明日の大阪公演以降は川口成彦さんと交互に演奏することになる、古楽器のための現代曲。なかなかに複雑。
間を開けずに「協奏曲第1番」。ブリュッヘンさん存命のうちから何度も協演されて、CDまで出されているのだから、多少メンバーの変遷があるにせよ、それぞれのキャリアが刺激し合い文字通り打てば響くのでしょう。古楽器管弦楽がプレイエルを盛り立てるようで、なんとも美しい協奏。
当分モダン・ピアノと現代的な管弦楽では聴けない、聴きたくない・・・と思っちゃうほど。
彼女が用意したアンコール・ピースは「マズルカ イ短調 作品67-4」。
演奏後のカーテン・コール。アヴデーエワさんは前後、1階~3階の聴衆に向けてだけでなく、オーケストラ・メンバー全員に感謝のハグ、握手。それがとてもチャーミングに見えて、演奏中の凛々しさと打って変わってギャップ萌えしそう。
ギャップと言えば、18世紀オーケストラのメンバーもそうで、演奏前後はリラックスした雰囲気で和気藹々と和やかにも見えて、演奏時は適度な緊張感で一丸となる様にやはりギャップ萌え。
アットホームな雰囲気もあって、春らしい温もりに満ちたコンサートでした。外は死ぬほど寒かったけど。
やっぱり、無理してでも大阪公演も行くべきだったかなァと後悔しきり。

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント