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『命 (Life and Rebirth)』 [音楽のこと]

今月の「ワンコイン市民コンサート」は、大阪のご出身で、現在ニューヨーク市マンハッタン在住のピアニスト、加藤幸子さんがフランス近代音楽の二大巨頭、ドビュッシーラヴェルを携えての、3度目の凱旋公演となるリサイタル。
で、今回の”凱旋”は先の二回とは少し意味合い、重みが違うようですよ。

I’m back!!
それがアンコールまで演じ終えた後のインタヴュウでの第一声。
大阪のご出身で、マンハッタン在住の幸子さんが、ご自身で「ヤバいところ」と仰言った場所から奇跡のカムバック。
マンハッタンが「ヤバい」わけではなく、ニューヨークから帰阪されたということではなく、「ワンコイン市民コンサート」にも過去2回ご出演されて、今日が3回目の公演だからという理由でもなく・・・。
その辺りの事情は演奏後に致しましょう。

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改めるまでもないのですが、
美しい音色、幅広いレパートリーと豊かな想像力を持ったピアニストとして知られる加藤幸子は、大阪出身、5歳からピアノを始める。14歳で渡米して以来、数々の賞を獲得。ジュリアード音楽院卒業後、カーネギー小ホールでのニューヨーク・デビューを皮切りに、米国各地で、リサイタルや室内楽コンサートに出演。また日本の現代音楽を世界に紹介するためのコンサート・シリーズWeaving Japanese Soundsをたちあげ、芸術監督として活動。日本・カナダ修好80周年記念の一環として、国際交流基金の協賛の下、カナダ国立美術館を始めカナダ各地でリサイタル、日伯交流年を記念しブラジル各都市でコンサート・ツアーを行うなど精力的な活動を行う。また歴代のジュリアード音楽院卒業生の中から、傑出した100人のうちの一人として、100周年記念誌でその音楽活動を称えられ、その演奏はニューヨークの公共ラジオ局WNYC並びにWQXR、KMZT(ロスアンジェルス)などで放送されている。
2011年にはCentaur Recordsレベルからバッハのゴールドベルク変奏曲をリリース。批評家から、「加藤幸子の演奏は本当に特別なものであり・・・バッハのゴールドベルク変奏曲を愛好する人に是非聴いてもらいたい」「ビロードのように柔らかくシルクのように繊細な音・・・素晴らしく想像力のある演奏・・・らくらくと弾いているようだ」と賞賛される。また日本経済新聞の「ピアニスト」と名打ったコラムにて、評論家の故杉本秀太郎氏の賞賛を受ける。
2016年には、ニューヨークのクラシカル音楽ラジオ局WQXRのコンサート・ストリーミング企画「ショパン・マラソン」へ招聘され、その生演奏は世界中にストリーミング発信された。
現在ニューヨーク市マンハッタン北部に在住。今年の抱負としては、ユニークなピアノメソッド本の執筆を計画している。
それが幸子さんのプロフィール。

過去2回の公演。
最初は「第35回公演(2014年12月20日)」での、ヨハネス・ブラームス最晩年の小品、「作品118」、「作品119」とヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲「ゴルトベルク変奏曲」こと「2段鍵盤付きクラヴィチェンバロのためのアリアと種々の変奏」。
あッ、大阪大学会館常設の1920年製Bösendorfer252での演奏ですから、「ゴルトベルク変奏曲」でいいですね。
クララ・シューマンに宛てた戀文を思わせる詩的な小品と、何処か幾何学的な、壮麗な構成美の、「(クラヴィーア)練習曲集」の中の一曲とは思えないような超高度なヴァリエーションズ。この対極にあるような作品を難なく弾き分け、ブラームスも「ゴルトベルク」も素晴らしかったのですが、その日のお天気に合わされたのでしょう、アンコールに披露された武満徹雨の樹素描」。雨の夕暮れ時に相応しく、これは神秘的で、胸に沁み入るようでした(→記事参照)。
二度目のご出演となった「第62回公演(2017年02月19日)」は『ショパン・レトロスペクティヴ』と題された、オール・ショパン・プログラムで、
マズルカが3曲(第1番 嬰へ短調 作品6-1第23番 ニ長調 作品33-2第25番 ロ短調 作品33-4)、
ワルツが4曲(第9番 変イ長調 作品69 -1第10番 ロ短調 作品69-2第14番 ホ短調)、
ノクターン2曲(第20番 嬰ハ短調第4番 ヘ長調 作品15-1第15番 ヘ短調 作品55-1)、
幻想曲 ヘ短調 作品49」、
バラードが「第1番 ト短調 作品23」、「第2番 ヘ長調 作品38」、「第3番 変イ長調 作品47」「第4番 ヘ短調 作品52」の全曲。都合15曲!!
この日ワタシは同じ豊中キャンパス内でのジャワ・ガムランのワークショップが重なって、残念ながら前半を聴き逃してしまったのですが、後半の「バラード」だけ・・・それも1階席の最後方の壁際で・・・聴いても圧倒されるような、まさに「譚詩曲」、「The Four Ballades」は謡いかけるというより訴えかけるような、前半を聞き逃したことを後悔させるほどのインパクトを感知しました。
終演後のインタヴュウではショパンはあまり得意ではないと謙遜されておられたのですが、そんなに卑下されたら他のショパニストが卒倒してしまいます。
アンコールは「ノクターン 第15番 ヘ短調 作品55-1」。時間の都合上前半で弾けなくて、アンコールとされたそうなのですが、後半に駆け付けたワタシのために弾いて下さったのかと思っちゃいましたよ、ええ。
こちらも堪能させて頂きました(→記事参照)。

そして今回は、前々回、前回とは趣きの異なったフランス近代音楽クロード・ドビュッシーモーリス・ラヴェルの作品から選りすぐりをご披露下さる。
それに添えられた演題は『 (Life and Rebirth)』。

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いつもの通り、大阪大学豊中キャンパス大阪大学会館講堂で、14:30開場、15:00開演。そのステージに置かれるのも変わらずBösendorfer252
今日演じられるのは、
クロード・ドビュッシー(Claude Achille Debussy 1862年08月22日 - 1918年03月25日)作曲
 「前奏曲集(Préludes)」より
  『第1巻 第8曲 亜麻色の髪の乙女(La fille aux cheveux de lin)』
  『第1巻 第5曲 アナカプリの丘(Les collines d'Anacapri)
  『第2巻 第2曲 枯葉(Feuilles mortes)』
  『第2巻 第3曲 ヴィーノの門(La Puerta del Vino)』
  『第1巻 第7曲 西風の見たもの(Ce qu'a vu le vent d'ouest)
 「12の練習曲(12 Études)」より
  『五本の指のための、ツェルニー氏による(Pour les cinq doigts, après M. Czerny)』
  『四度のための(Pour les quartes)』
  『半音階のための(Pour les degrés chromatiques)』
  『組み合わされたアルペジオのための(Pour les arpeges composés) 』
  『和音のための(Pour les accords)』
 「喜びの島(L'Isle joyeuse)」
    ー intermission ー
モーリス・ラヴェル(Joseph-Maurice Ravel 1875年03月07日 - 1937年12月28日)作曲
 「クープランの墓(Le Tombeau de Couperin)」全曲
  『前奏曲(Prelude)』
  『フーガ(Fugue)』
  『フォルラーヌ(Forlane)』
  『リゴドン(Rigaudon)』
  『メヌエット(Menuet)』
  『トッカータ(Toccata)』
 「ラ・ヴァルス(La Valse)」
・・・と、プログラムも改めるまでもない、幸子さんのプロフィール同様広く知られたものばかり。

そのためもあってか、アドミッションする際に頂いたプログラムノートには、演目こそ列記されているものの、作曲者のプロフィールも楽曲解説もありません。
そこに添記されていたのは、『 (Life and Rebirth)』について、そして幸子さんが今回のプログラムに懸ける想い。

ワンコイン市民コンサート」では毎回終演後、実行委員会代表の萩原先生から次回(以降の)予告のご案内があって、そこで『 (Life and Rebirth)』についても度々触れられていて、今回のプログラムノートにも綴られて、終演後のインタヴュウでご本人の口からも語られたのですが、前回の『ショパン・レトロスペクティヴ』を終えてマンハッタンのご自宅に戻られたのち、体調不良から医師の見立てを仰いだところステージⅢまで進行した大腸癌との診断結果を得て、その通り、華奢な身体は一層痩せて、ピアノが弾けないほどに体力も落ちてしまった由。
友人や知人に助けられながら、最新の治療を受け、回復に励み、当初予定していた公演日程を日延べして今日のリサイタルに至ったとのこと。

Rebirth・・・”再生”に当たって、幸子さんが選ばれたのがドビュッシーラヴェル
過去2回、「ワンコイン市民コンサート」だけでもJ.S.バッハから武満徹までご披露されています。CD化もされた「ゴルトベルク」は広く絶賛されて、日本の現代音楽を世界に紹介する任にも当たられて、その幅広いレパートリーの中にフランス近代音楽が入っていてもなんら不思議はないのですが、大病からの病み上がりでもあることで、約2時間のソロ演奏、その華奢なお身体で体力的に演じ切れるのかと心配もし、気遣っていましたが、彼女は見事にそれを成し遂げて下さいました。アンコールまで手抜かりなし、熱のこもった演奏で。

Rebirth
一曲目の『亜麻色の髪の乙女』から”再生”を感じさせる演奏。
ルコント・ド・リール(Charles-Marie-René Leconte de Lisle 1818年10月22日 - 1894年07月17日)の『古代詩』から翻案されたプレリュードは、優しく柔らかく。その耳障りのいい、耳福を齎すような曲調は、さほど難しさを感じさないのだけれど、それが曲者。超絶技巧を要さないようでいて、感性に阿るところが大きく、指先が表現するニュアンスが重要で、そのデリカシーを活かすスキルが必要。”再生”された幸子さんは「ゴルトベルク」以上に緻密で繊細にそれを演じる。
恐らく自室にあってピアノが弾けない状況にあっても、病床にあってピアノから離れている時でも、傍らに楽譜を置いてそれを眼で追いながら曲想を練っておられたのでしょう。鍵盤上で躍る十指が各々意思を持つような、そこから迸る音のひと粒ずつに想いが込められているような、その想いが”命”の重み・・・というより、”再生”したことの喜びに満ちて軽々と飛翔するかのようで・・・。 “新生”へのプレリュード。”再生”のためのエチュード。そして・・・。

スキャンダルから一時パリを離れたドビュッシーエンマ・バルザックとの新しい暮らしを得て、パリに復帰し、”再生”なったドビュッシーがその地位を改めて確立した「前奏曲」。
病い(大腸癌)を得た晩年、何を書き遺そうと迷ううち、大師匠にもあたるショパンに倣って物した「練習曲」。
先妻がピストルによる自殺未遂、不倫関係にあったエンマとの逃避行、それに起因するスキャンダル。その旅先で完成させた「喜びの島」。
今回、幸子さんが取り上げたドビュッシーの作品には「再生」が満ちている。

Bösendorfer252から幸子さんによって解き放たれた音たちは、飛翔するように躍るのだが、「プレリュード」、「エチュード」とプログラムが進むうち、前半最後で歓喜に至る。
ドビュッシーから愛の女神ヴィーナス(あるいはエンマ・バルダック)に手向けられたファンファーレは、幸子さんの手によって”歓喜の歌”となってホールいっぱいに響き渡る。それは、自らの再生に寄せた、あるいは、それに関わってくれた人たちへの感謝でもあるのかも知れず、再びピアノを演奏出来る喜びに満ちて、それを受け止めるワタシたちの胸を撃つ。今此処に在る幸せ。それを享受する喜び。共感出来る至福。

前半だけで胸がいっぱい。15分の休憩を頂きましょう。

後半はモーリス・ラヴェル。「クープランの墓(Le Tombeau de Couperin)」全曲と「ラ・ヴァルス(La Valse)」。
「墓」と和訳される「Tombeau」は、確か「墓石」、「墓碑」を指す言葉ではあるのだけれど、フランス古典音楽で盛んに用いられた「追悼曲」のことで(→記事参照)、ドビュッシーの影響下から抜け出したラヴェルが次に拠りどころとしたのがフランス古典音楽。その代表格でもあるフランソワ・クープラン(François Couperin 1668年11月10日 - 1733年09月11日)の名を戴きつつ、自らも従軍した第一次世界大戦で戦死した知人を偲び、彼らに捧げられた、ラヴェル最後のピアノ独奏曲。
大病から墓碑、あるいは追悼では、ちょっとドキッとしてしまい、”再生”とは真逆のようにも思えるのですが、幸子さんの胸中に別なる想いが去来しての選曲でしょうか。近代に”再生”した古典という意味合いでもあるのでしょうか。
ヴァルス(Valse)」はフランス語で「ワルツ」を表す言葉で、19世紀末のウィンナ・ワルツを20世紀のフランスに”再生”した楽曲。

バロックとも異なるフランス古典音楽のエスプリが加味された華麗なフランス近代音楽。そのラヴェル作品も、音数こそさほど多くないものの、よく練られたように、精密に十指が奏でるオーケストレーション。
ドビュッシーラヴェルとも、きっちり丁寧に弾こうしようとしながらも、幸子さん自身演奏を楽しんでおられるのが伝わってくるような、音が躍って弾んでいるのが感じられるリサイタルでした。そして、”再生”らしいこと新しさ、新奇なフランス近代音楽でもありました。

アンコールは、ドビュッシーベルガマスク組曲(Suite bergamasque)」から『月の光(Clair de Lune)』。昏れていく秋の気配にセンチメンタルに響いて、思わず知らず溜め息が出てしまいました。

この後にインタヴュウ。その第一声が「I’m back!!」。
最後にもう一声、「I’ll be back!!」も聞かせて頂きたいところでした。

さて、今年最後、平成最後となる来月の「ワンコイン市民コンサート」は、『田中正也ピアノリサイタル「作曲家の懐具合」』。
何やら、ピアノを演奏するのか、電卓を叩くのか、算盤を弾くんだか分からない・・・ような・・・、年の瀬に相応しい年末大決算プログラム(?)は、12月16日(日)14:30開場15:00開演で、プログラムは以下の通り。
D. スカルラッティ:ソナタ d-moll K.141
W.A. モーツァルト:幻想曲 d-moll K.397
L.V. ベートーヴェン:ロンド・ア・カプリッチョ G-dur.Op.129 〈失われた小銭への怒り〉
F. メンデルスゾーン:無言歌集より ”ヴェニスの舟唄” Op.30-6
R. ワーグナー=F. リスト:イゾルデの愛の死
S. プロコフィエフ:束の間の幻影 Op.17より
S. プロコフィエフ:戦争ソナタ第6番
A.シェーンベルク:ピアノの為の組曲 Op.25
武満徹:雨の樹 素描(1982)

御用とお急ぎの無い方は是非。是非ぜひ。

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荻原哲

素晴らしいレビュー。ため息がでました。
by 荻原哲 (2018-12-09 08:54) 

JUN1026

萩原先生、コメントありがとうございます。
撮影、録音していたキャメラに私のため息は入っていませんでしたか?
大丈夫・・・、でしたかね?!
本当に素晴らしいリサイタルでした。
by JUN1026 (2018-12-09 21:01) 

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