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佐藤卓史 plays two gems [音楽のこと]

今月は(今月も?)芸術(特に音楽)三昧。
月に一度のお楽しみの「ワンコイン市民コンサート」が、定期公演に加えて特別公演。
月に一度の「日曜ガムラン」は「まちかね祭2018」出演に向けての猛稽古(?!)が重なって、それ以外にも映画や絵画、コンサート。休日は土日祝とも、大阪大学豊中キャンパスにいるか、映画館、美術館、コンサートホールにいるか。とにかく、阪大通いが半分を占めて、キャンパス・ライフ(?)まで謳歌させて頂いて・・・。
で、今日はその「ワンコイン市民コンサート 特別公演」となる『佐藤卓史スペシャルリサイタル』。

・・・ですが、会場がいつもの大阪大学豊中キャンパス大阪大学会館ではなく、そこを飛び出し、我が家から徒歩10分足らずのB-tech Japan Osaka

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売るほどBösendorferが並んでいます。全部、売り物ですが・・・。お求め易い価格!?

B-tech Japan
は、”日本国内において1980年代からベーゼンドルファーの普及と品質維持管理技術を探求してきた日本ベーゼンドルファー/浜松ピアノセンターに在籍した経験豊富なピアノ技術者と多くのアーティストに信頼が厚いスタッフ、更に次の世代を担う若い技術者で構成”されたピアノ工房で、ベーゼンドルファーを中心としたコンサート・ピアノの修復、調律、また、レコーディングのための技術、ノウハウも提供する。
東京と大阪に在るアトリエにはお宝級のピアノが犇めいて、併設されるスタジオではそこに置かれたお宝級ピアノでリハーサル、レコーディングが可能となっている。
そのアトリエの奥に設えられたスタジオでの、B-tech Japan Osaka協賛による、30名様限定のとてもスペシャルなライヴ。

こちらでのスペシャル・ライヴといえば、昨年3月に「沼沢淑音リサイタル(→記事参照)」と、4月にその「追加公演(→記事参照)」が開催されました。
その時は大阪大学会館に置かれるModel252をプロトタイプとして作られた姉妹品、最上位機種、フラグシップモデルでもあるBösendorfer Model290 Imperial(弦長290㎝、C0~C8の97鍵・完全8オクターヴ)を使ったゴージャスな演奏会でした。
今日は、「ワンコイン市民コンサート」には過去2回ご出演されて、3回目となる佐藤卓史さんのリサイタルとなっているのですが、わざわざ会場を移して30名様限定の開催となるのは『世界の二大ピアノを弾きこなす、弾き分ける』ためであって、「ウィーンの至宝ベーゼンドルファーにライヴァル、スタインウェイをぶつけてしまえ(!?)という試みをなすため。

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今日の演奏者にして試験官(?)となる佐藤卓史さんは・・・、
1983年秋田市生まれ。2001年第70回日本音楽コンクール第1位。2004年、史上最年少で第30回日本ショパン協会賞を受賞。2006年東京藝術大学を首席で卒業。第55回ミュンヘンARD国際コンクール特別賞受賞。2007年第11回シューベルト国際コンクール第1位。2010年エリザベート王妃国際音楽コンクール入賞。2011年カントゥ国際コンクール第1位、メンデルスゾーン国際コンクール最高位受賞。ドイツ・ハノーファー音楽演劇大学ソロクラスを修了、ドイツ国家演奏家資格を取得。引き続きウィーン国立音楽大学で研鑽を積む。2012年第8回浜松国際コンクール第3位ならびに室内楽賞受賞。
内外のオーケストラにソリストとして多数客演の他、室内楽奏者としても高く評価されており、堀米ゆず子、佐藤俊介、神尾真由子をはじめとする多くの著名な演奏家と共演。レコーディング活動も積極的に行っており、日本と欧州で多数のアルバムを発表。
これまでに、ピアノを目黒久美子、上原興隆、小林仁、植田克己、アリエ・ヴァルディ、ローラント・ケラーの各氏に、フォルテピアノを小倉貴久子氏に師事。
2014年よりシューベルトのピアノ曲全曲演奏会「シューベルトツィクルス」を開始。実力派ピアニストとして注目を集めている。
・・・という、「ワンコイン市民コンサート・アーティスト」でもあるピアニスト。
シューベルトの数多ある未完成ピアノ独奏曲を補筆しながら、全制覇しちゃえというお方ですから、演奏家というだけではなく研究家でもあって、多分マニアックなご性分なのでしょう。こういった検証にはピッタリなお方・・・だと想像するのですが・・・?

そして今日試される『世界の二大ピアノ』とは、スタインウェイ・アンド・サンズ(Steinway & Sons)とL. ベーゼンドルファー・クラヴィアファブリック(L. Bösendorfer Klavierfabrik)GmbH。そのセミコンサート・グランドピアノ。
一方は、1853年にアメリカ合衆国ニューヨークでドイツ人ピアノ製作者ハインリッヒ・エンゲルハルト・シュタインヴェーク(後にヘンリー・E・スタインウェイに改名)によって設立されたピアノ製造会社。
もう一方は、1828年、イグナーツ・ベーゼンドルファーにより創業、”音楽の都”オーストリア・ウィーンに所在するピアノ製造会社。
社歴としては25年の差があるのですが、アメリカへ移住する前のシュタインヴェークさんがドイツで第1号を製作、販売したのは1836年のこと。
ほぼ同時期、近世から近代への転換期、フォルテピアノからモダンピアノへの変換期から、ともにその発展に貢献した2社。2つのブランド。
どちらも多くのピアニストに愛され、数々の賞に輝き、スタインウェイが英国女王エリザベスⅡ世御用達なら、ベーゼンドルファーは神聖ローマ帝国最後のローマ皇帝で最初のオーストリア皇帝フランツⅠ世御用達。どちらも欧州各国の王室、帝室御用達で、由緒も格式もとんでもなく高い。
片や最高級グランドピアノ市場占有率80%の販売実績を誇れば、片や経営不振からYAMAHAの傘下となりつつもその製法を守り続け、「至福のピアニッシモ」と称される独自のウィンナートーンを維持している。

『世界三大』とした場合のもうひとつはC. ベヒシュタイン・ピアノフォルテファブリック(C. Bechstein Pianofortefabrik)AG。生産台数なら日本が誇るYAMAHAやKAWAIも負けてない。それ以外にも、ショパンが愛したプレイエル。ドビュッシーのお気に入り、ブリュートナー。ずらっと並べて頂きたい気もするのですが、そこまでは欲張れない。

それらのブランドが世に送り出したグランドピアノの、その外観的な違いは極僅かながら、設計思想はメーカーごとに大きく異なり、それから齎される音色もそれに連れて大きく隔たる。
しかも、デカイ図体の割りには繊細な楽器ですから、演奏者の演奏スタイルやそのスキルによっても変化が齎され、調律によっても表情は変わってしまう。
今日は、独りのピアニストがスタインウェイベーゼンドルファーを弾き比べ、弾き分ける、実験的な、首実検ならぬ音実検。
スタインウェイに似合う(と思われる)楽曲、ベーゼンドルファーに相応しい(と思われる)楽曲、そして同じ楽曲を弾き比べてその特色を較べようという趣向。

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1989年製Steinway。響板には履歴書みたく由緒書きが並んで・・・

そのために用意されたのが、1898年製Steinway & Sons Model C1978年製Bösendorfer Model225
齢百二十を重ねるヴィンテージ・スタインウェイは、ドイツ・フライブルグの裕福な内科医が所有するバーデン=バーデンの城のサロンに、家系三代に渡って置かれていたもので、三代目の未亡人が城を去るに当たって売りに出され、その後使われる事なく、同市の小さな美術館が所蔵、展示するに至る。
それに付属する正式な鑑定書によると、本体、響板、アクション、弦など全てが1898年のオリジナルの状態で、2009年に日本に運ばれ個人使用。2015年にアクションをスタインウェイ純正の最新のものに置き換えられたのが今の状態。
スタインウェイは、アメリカ国内向けをニューヨークで製造し、それ以外の地域向けには、同じ設計図からドイツ・ハンブルグで仕上げて販売。日本に輸入されるのは主にハンブルグ製で、このバーデン=バーデン由来のヴィンテージ・モデルも(多分)ハンブルグで製造された物。
弦長が227㎝で、一般的な88鍵仕様。
最新のプチ整形を施した、由緒正しき米獨ハーフのオールド・レディといったところでしょうか。
因みに、現在は「For Sale」の札が掛かり、お値段はお尋ねくださいとのこと。

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40歳のBösendorfer。磨きを掛けてピチピチの美貌?!

それよりうんと若い・・・といっても40歳、1978年生まれのベーゼンドルファー
本日の会場となるB-tech Japanが2014年にドイツの業者から入手。シーズニングも含めて約半年を掛けて、全面的にオーヴァーホールを施し、弦の全交換、ダンパー、ハンマーを含むアクション全般のパーツ全てをベーゼンドルファー純正部品に交換。ベーゼンドルファー社の技術マネージャーから「ウィーンナートーンを継承した、とても良い楽器に修復されている」とお墨付きを頂いたという逸品。
こちらは、全身にエステティックを施して若さを保つ、ウィーンっ子(40歳の壮年女性ですが、ヴィンテージと較べると・・・)。
弦長が225㎝で、大阪大学会館常設のModel252と同様にエクステンドベースが4鍵追加された92鍵仕様。
こちらは(今のところ)B-tech Japan Osakaのタイムレンタル用スタジオ常設ピアノとなっています。

注)pianoは本来男性名詞で、楽器の王様ですが、まァ、ここでは便宜上女性としておいてください(女性蔑視に当たる? セクハラ?!)。

アコースティックグランドピアノは大きくて重くて、繊細なパーツ構成でもあって、運搬するのもかなりの大事。他の楽器と違って、同じキーボードでも電子ピアノ、シンセサイザーなどと違って、ホールやスタジオに常設されるものを使用するのを常とし、自前のピアノを持ち運ぶのは、X JapanのYOSHIKIや坂本龍一など一部のアーティストに限られる。
だから、大抵の場合、ピアニストは他の演奏家と違って、今日はスタインウェイ、明日はベーゼンドルファー、明後日はヤマハ・・・となってしまいます。同じブランドでもモデルが異なったり、その個体のコンディションも様々。ピアノに合わせて、その都度プログラムを変えるというのは無理な芸当で、それをどう弾きこなすか、いかにベストな調子に整えるのかが、ピアニストにとっての重要課題。ピアニストは、入念なリハーサルによってそこに在るピアノと対話し、その良さを引き出すことからお仕事が始まるわけですな。

世界の二大ピアノ・メーカーが誇るセミコンサート・グランドピアノ対決。その優劣を計ろうというわけではありません。どちらも、B-tech Japan Osakaのスタッフがパーフェクトな修復、調律を行って、甲乙付け難い仕上がりになっているはず。
今日は敢えてブランドの異なる2台を並べて、同じ楽曲を弾き比べ、その違いを聴き比べて、それぞれの特色を引き出す実験的パフォーマンス。

それを検証するために用意された演目は、
第一部 <同じ曲をスタインウェイとベーゼンドルファーで聴き比べる>
・J.S.バッハ:シンフォニア 第11番 ト短調
・ベートーヴェン:ソナタ 第8番 ハ短調 作品13「悲愴」より
・リスト:コンソレーション 第3番
・ドビュッシー:前奏曲集より
ほか
第二部 <スタインウェイとベーゼンドルファーの特色を引き出す>
・シューベルト:楽興の時 D780より(ベーゼンドルファーでの演奏)
・ショパン:スケルツォ 第2番 変ロ短調 作品31(スタインウェイでの演奏)
ほか

佐藤さんの人気と、ライヴァル2台を対比させるという掟破りな企画により、早くから問い合わせ殺到で、定員30名の小さなスタジオが会場となることから、事前に2回公演、2セッションと決まり、セッションAが13:00開演、セッションBが15:30開演。
欲張りなワタシは両セッションとも聴かせて頂いて、その違い、変化まで味わわせて頂こうかとも思ったのですが、ただでさえ30×2席。貴重な1席は何方かにお譲りして・・・。
その予約は受付開始から24時間経たずに満員札止め。

というわけで、ワタシがB-tech Japan Osakaに着いたのが15時の20分前。セッションBの開場が15:00で、開演が15:30。
リハーサルからセッションAで、佐藤さんの身体も解れて、スタインウェイベーゼンドルファーとも十分に対話を重ねて、シンクロ率も高まったであろうセッションB。

パパ・バッハの「シンフォニア」から始まった弾き比べ。
床面積20畳(36.481㎡)、天井高3.2mで116.7392㎥しかない小さなスタジオに1978年製Bösendorfer Model225の音色が広がった途端、比較云々は忘れちゃうような心地よさ。
沼沢淑音さんの時のModel290 Imperialはこの小さなスタジオには少々オーヴァースペックだと感じたのですが、Model225は頃合いの大きさ。大阪大学会館のバルコニー席で聴く1920年製Model252とも違って、愛らしくも柔らかい調べ。
同じ曲がすぐに続けざま1898年製Steinway & Sons Model Cでも演奏されて、その違いは手に取るように、はっきり明瞭。ピアノと一括りにしちゃっていいのかしら・・・と思えるほどに、その音色には明確な差異があって、しかし、困ったことにどちらも気持ちよく響くものだから、聴き比べというより耳の贅沢をさせて頂いているような心持ち。

強いて言えば、ベーゼンドルファーは浸透してくるような響きを持って、スタインウェイは射当るような音調。
例えるなら、空気と光・・・でしょうか。
普遍的でありながら、受け止める聴衆の心象によって、今日のお天気のようにその感じ方が異なる。暖かいと思う方もあるでしょう。冷たいように思える向きもあるでしょう。でも、今日ご来場された30×2名の誰一人、不快とは感じなかった・・・はず・・・ですよね。
かたやカボションカット、かたやファセットカット。性質は全然異なるのだけれど、どちらも高価で高貴なジュエリー。ひと時116.7392㎥の宝石箱に入ったような感覚を得たのはワタシだけではない・・・はず。
 
1978年製Bösendorfer Model225は、ヴァイオリンやリュート、ギターのような、弦楽器的な箱鳴りを伴う柔軟な音色。
1898年製Steinway & Sons Model Cは、(全ての弦とフレームを金属に変えた)グランドハープをイメージするような音質。スタインウェイのロゴマーク(商標)はリラ(竪琴)を模ったものですし・・・。
スタインウェイは音のひと粒ずつがはっきりくっきり明確だから、それを捉えやすくて、それで多くのピアニストに愛されて、ホールでの演奏やレコーディングにおいても調整しやすくて、それで濫用されているのではないかしらン。そういった意味では、音がぼやけているというわけでは決してないのですが、ベーゼンドルファーの方が玄人好み?

古典派に続いてロマン派、そしてその間のルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。ベーゼンドルファーの顧客でもあったフランツ・リストに、クロード・ドビュッシー。5曲を2台で比較演奏。
パパ・バッハは黎明期のピアノの発展に助言し、楽聖さまは進化するピアノを取っ替え引っ替え生涯で10数台を愛機とされたお方。リストは強靭なタッチで多くのピアノを破壊(!?)。それに対処するためにベーゼンドルファーも改良されて、それで一躍名を挙げた・・・とも語られる関係。ドビュッシーもピアノに対して一廉の見識を持っておられた人。
佐藤さんがその違いを明確にするために意図的にタッチを変えていたとは見受けられず、その割りには音色の違いはあからさま・・・なのですが、曲想、曲調によってもそのニュアンスは変化するから、どっちも美しい・・・としか表現出来ない。筆舌に尽くしがたい・・・というか、ワタシの稚拙な表現力ではおそらく伝わらない・・・かも。
弘法筆を択ばず。佐藤卓史ピアノを択ばず、じゃあダメですか?

で、曲間には佐藤さんのご解説が入って、『世界の二大ピアノ』の違いが語られたのですが・・・。
佐藤さんのご自宅には、ご本人のスタインウェイと奥様のベーゼンドルファーが置かれているとのことで、どちらの良さも弁えて、どう扱えばいいのかよくご存知なのでしょう。
ベーゼンドルファーはケース(ボディ・胴体)を薄いスプルース(米唐檜・ベイトウヒ:マツ科トウヒ属の常緑針葉樹)・・・アコースティックギターのボディトップやヴァイオリンの表板にも使われる木材・・・製とし、それを乾燥させて、手曲げによって成形。そこから得られる木製由来の柔らかい音色。
対するスタインウェイは弦を支える鋳鉄製のフレーム由来の金属的な鋭い音色を特徴とし、例えば、ピアノ協奏曲を演奏する場合、管弦楽(オーケストラ)全体の音圧に埋もれることなく、その上を飛び越えて圧倒するように響くようにと設計されたとか。
ベーゼンドルファーはサロンでのソロや室内楽、歌曲の伴奏向きで、スタインウェイは大ホールでのオーケストラとの協奏曲などに適しているとのこと。

では、その二大ピアノ・ブランドの設計思想の違いはどこから齎されたのか。
恐らく、佐藤さんはその辺りもよくご存知だとは思うのですが、それを語り出すと長くなっちゃう。
スタインウェイなんて、鍵盤の数より多いのではないかと思うくらいにパテント(特許)がてんこ盛り(実際に126種)。内部構造、ハンマー・アクションの違いからいちいち論ったら明日になっちゃう?!

ベーゼンドルファー社は、その創設者のイグナーツさんが従前のピアノ工房で修行を積んで独立するところから始まっています。
恐らく彼は、”音楽の都”ウィーンで多くのキーボードに触れ、多くの演奏家とコミュニケーションし、それまであった鍵盤楽器、オルガン、クラヴィコード、チェンバロ(ハープシコード、クラヴサン)、ヴァージナルやスピネット、フォルテピアノに(ハンマー)クラヴィーアなどなどの修復や製作にも関わって、独立するにあたってより良いものを作ろうとした・・・はず。
彼が目指したのは、それまでの鍵盤楽器の良いところを引き継ぎつつ、そのイメージを壊さずに、欠点を払拭した最良のクラヴィーア(鍵盤楽器)。既往のチェンバロやらスクエアピアノ、フォルテピアノ、クラヴィーアの弱点を補い、Best of Keyboardsを作ろうとしたのでしょう。ネガティヴな要素を消した分、柔らかくはなったけれど、少々淡白?
一番多い時には200を数えたというウィーンのピアノ工房。その中で勝ち残るために、一番であろうとした結果で、伝統的、保守的なウィーンの土地柄まで含めたウィーンナートーン、「ウィーンの至宝」としての音。
もしかしたら、弦楽器の鳴り方まで研究されたのでしょうか。ミュージックワイヤー(弦)からフレーム、それらを支えるケースまでが一体となるような、音楽の都に相応しい破綻のない音作りを志向したんじゃあないかなァ・・・っと(想像)。
その結果が、浸透するような、包み込んで調和を謀るようなトーン。

スタインウェイことハインリヒ・エンゲルハルト・シュタインヴェークさんもドイツ国内のオルガン製造工場でその製作に従事するところから楽器屋さんとしてのキャリアをスタート。そこから独立し、フォルテピアノ作りを始めるも、政変の動乱から逃れるように新天地アメリカへの移住を余儀無くされる。
そこでピアノ工場を作るに当たって、長い船旅の途中、彼は考えたんだと思う。どうせなら、既存のフォルテピアノを改良するに留まらず、全ての楽器の頂点となる楽器の王様、King of Musical Instrumentsにしてしまえと。そのために考えに考え抜いて、試行錯誤を繰り返し、多くのパテントも取得し、完全にモダンなピアノとしてしまえと・・・っと(妄想)。
その結果が、オーケストラと対峙出来る、向き合っても引けを取らない、圧倒するような音質。
完成後はその品質から多くの賞を勝ち取って、ヨーロッパに輸出というか凱旋するに当たってドイツ・ハンブルグにも欧州本社を設けて、欧州の各王族、帝族方のお墨付き、御用達まで手に入れて、権威づけすることも怠らなかったのはシュタインヴェーク改めヘンリー・スタインウェイさんとその息子たちの才覚。それが今日まで販売実績として続いているわけですな。
なんだか、某国営放送の連続テレビ小説か池井戸潤原作のTBSテレビの日曜劇場みたいなお話しになっちゃいました? 観たことはないのですが・・・。

というのが、どちらも基本的なコンセプト。
グランドピアノは各サイズによって、弦の長さが変わって、それによって得られる倍音特性やら何やら、音響学的な、数学的な問題が出てきて、200本に及ぶ弦を内包するからそれらの共鳴という課題もあって、ちょっと面倒臭い数式をこねくり廻さないといけない事態になって、それを検証するためにB-tech Japan Osakaのスタジオをレンタルして、そこに計測機器とコンピュータを持ち込んで、解析まで何日掛かるか分からないのでザックリ割愛。
佐藤さんのご説明も、ベーゼンドルファーエクステンドベース、両ピアノに備わるペダル、ダンパーペダルやソステヌートペダルの役割やその感度にまで及んで、より繊細なベーゼンドルファーは、もしかしたら大屋根(蓋)の開け閉めだけで、音特性が変わっちゃうんじゃないかとも思えて、個人的にはそういうのは嫌いじゃないし、確かめてみたいとも思うのですが、そんなややこしいお話しは何方も望まないでしょ? それこそ、「ワンコイン市民コンサート・ファミリー」なマダム連に、難しいことを書くなとお叱りを頂くことになりそうですし。前回の「三角形の五心」は大ブーイングを頂戴しましたので、理屈っぽいことはちょっと控えましょう。

何れにしても、演奏家は(多くの場合)ピアノを選べない。それ以上に、聴衆がピアノを指定することは叶わない。
原石となる楽曲を磨くように、与えられた演奏装置である楽器をフルに駆使して、楽曲の美しさ、音色の色香を引き出して(弾き出して)頂かないといけないわけで、そのためにピアニストはピアノと対話し、オーディエンスはその成功を期待する。
たとえ「ウィーンの至宝」であっても、それを使いこなせないことにはお宝にはならない・・・ンでしょうねェ。
作曲者(楽曲)、演奏家(楽器)、(場合によっては)ホールやスタジオ(会場)、それに聴衆、それらがひとつに調和してこその時間芸術・・・とイグナーツ・ベーゼンドルファー氏もお考えになったのじゃあないかしらン。その中心にあるのは、楽器ではなく演奏家。楽曲や楽器の良さを活かしてくれてこそ。「至福」を得るのは、演奏家だけではなく、聴衆も含めて・・・であって欲しいと思うわけで。結果、スタインウェイだから、ベーゼンドルファーだからというより、誰の演奏かに掛かってきちゃう。

というわけで、10分の休憩を挟んだ後半は、佐藤さんがベーゼンドルファーに相応しい、スタインウェイに似付かわしいと選ばれた楽曲の演奏。
1978年製Bösendorfer Model225にはフランツ・シューベルト。1898年製Steinway & Sons Model Cにはフレデリック・ショパン。
ウィーン製のピアノで、ウィーン産まれウィーン育ちのウィーン子、「シューベルティアーデ」と呼ばれる演奏会を日毎夜毎重ねたシューベルトというのは予想の範囲でしたが、スタインウェイにショパンとは?
どちらも大きな会場での演奏を好まずに、ごく慎ましやかなプライベート・コンサートで本領を発揮した演奏家でもあって、ならばどちらもベーゼンドルファー向き・・・とも思える?
シューベルトは内輪の友人たちと打ち解けあって、時に歌を伴ったり、他の楽器と和してみたりと、応用力、包容力。対して、「ピアノの詩人」は孤高の中でその想いを旋律に預けた演奏家。その強い想いを明確化するために、より鋭利な音色を選ばれた・・・と勘繰っちゃう。
演奏後にお尋ねしなかったのは、音楽は時に想像、妄想だけにとどめた方がいい場合もある・・・でしょ?
ウィーンのサロンにいるようにも感じられましたし、ショパンが訴えようとしたものがすぐそこにあるようにも思えました。

二大ピアノの弾き比べ、聴き比べ。
結局のところ、それを「至宝」とするのは演奏家の力量。ピアノの音質に頼っていては、いい演奏家とは言えない・・・と思わせるような佐藤さんの卓越したパフォーマンス。それに胸を打たれて、「至福」の味わいを感じちゃいました、ねッ。

それと、ね。
前回のImperialでも感じたのですが、ここまで修復されて、今日のコンサートのために入念な調律をされたチューナーさんを称えるべきだとも感じます。
チューナー(調律師)は、いわば縁の下のチカラ持ち、鍵盤の下の技力持ち。決して目立ってはいけないのでしょうが、とは言え、美しい音色の、半分とまでは言わないけれど、それを演奏するピアニストの技量の何割かはチューナーの助力。今日も、セッションB開演直前まで調べておられた。恐らく、セッションAでの調子、佐藤さんとのお話し合いのうえでのチューニングなのでしょうが、その、見えない手、見せない手の示す神技、200本ある弦の音を聴き分けて、それを整える技量。
結構なお点前でございました。

ここまでつらつらと書き連ねてきて、ふと思いついちゃったんですけど・・・、
1978年製Bösendorfer Model225は、しっかりした心根(弦とフレーム)をはんなりした、着道楽な衣装(スプルース製ケース)で包み隠した京都レディ。もしかして、文系?!
1898年製Steinway & Sons Model Cは、外見(ケース)に頼ることなく(実際はケースも鳴っているのですが)、自己の意志(弦とフレーム)をしっかり持って、それを強化するために理論武装(多くのパテント)までしちゃった浪花の理系マダム。特許の食道楽?!
一方は「ほな」と破顔してみせて、他方は「どや」と北叟笑む。一応気を遣って、どちらも才貌両全、秀外恵中としておきましょうか。

注)「ほな」は「ほな、行きましょか?」とか「ほな、演奏しまひょか?」とか、標準語の「それでは」に近い言葉で、柔らかい響きの中に有無を言わせぬニュアンスを秘める。「どや」は「どうですか?」の意味で、用例として「どや、上手いやろ?!」、「どや、あっちの方は?」など。自慢気にも響くけれど、共感を得ようとするフレンドリーな言い回し。関西(の大)人にしか伝わらない・・・かなァ。
どや、ピッタリやろ?! 結構、言い得て妙・・・だとも思うのですが・・・。あくまでワタシ個人の見解で、クレームは受け付けません。ほな、さいなら。

おっと、最後に告知。
次回開催予定の「ワンコイン市民コンサート」定期公演は『加藤幸子ピアノリサイタル』でフランス近代音楽をたっぷりと。タイトルも『ドビュッシーとラヴェル : 命 (Debussy and Ravel :  “Life and Rebirth”)』となっています。
過去2回、今回が3度目のご出演となる加藤幸子さん。昨年2月にご出演されたその後、住居を構えるニューヨーク・マンハッタンで癌の診断を受け、その回復に向けて邁進する日々を過ごされたとのこと。その甲斐あって、3度目のご出演。それ故の、『(Life and Rebirth)』。
過去2回とは違った風韻、趣きとなるのでしょうか。
演目は、
クロード・ドビュッシー (1862-1918)
「前奏曲集」より『亜麻色の髪の乙女』、『アナカプリの丘』、『枯葉』、『ヴィノの門』、『西風の見たもの』
「12の練習曲集」より『五本の指のための練習曲、チェルニー氏に倣って』、『四度のための』、『半音階のための』、『組み合わされたアルペッジョのための』、『和音のための』
「喜びの島」
モーリス・ラヴェル (1875-1937)
「クープランの墓」全曲、『前奏曲』、『フーガ』、『フォルラーヌ』、『リゴードン』、『メヌエット』、『トッカータ』
「ラ・ヴァルス」
11月18日(日) 14:30開場、15:00開演、於:大阪大学豊中キャンパス 大阪大学会館
予約受付中です。御用とお急ぎのない向きは是非ぜひお運びください。

続く12月は、16日(日)に『田中正也ピアノリサイタル』。こちらは副題を『作曲家の懐具合』として、何やら鍵盤より算盤とか電卓を弾(はじ)かないといけないような内容?
プログラムは、
D. スカルラッティ:ソナタ d-moll K.141
W.A. モーツァルト:幻想曲 d-moll K.397
L.V. ベートーヴェン:ロンド・ア・カプリッチョ G-dur.Op.129 〈失われた小銭への怒り〉
F. メンデルスゾーン:無言歌集より ”ヴェニスの舟唄” Op.30-6
R. ワーグナー=F. リスト:イゾルデの愛の死
S. プロコフィエフ:束の間の幻影 Op.17より
S. プロコフィエフ:戦争ソナタ第6番
A.シェーンベルク:ピアノの為の組曲 Op.25
武満徹:雨の樹 素描(1982)

と盛りだくさん。
12月16日(日) 14:30開場、15:00開演、於:大阪大学豊中キャンパス 大阪大学会館。予約受付中。

どちらの公演も、会館常設の1920年製Bösendorfer Model252での演奏となります。念のため。
ほな、左様なら。

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荻原 哲 Satoshi Ogihara

素晴らしいレポートですね〜。感心。「前回の「三角形の五心」は大ブーイングを頂戴しましたので、理屈っぽいことはちょっと控えましょう。」とお書きですが、一部の方から、とても面白い!と。数理的なアプローチが困難なテーマに敢えて切り込んだのは面白いと言う根拠。内容な面白かったのかどうかは??? 好評、ブーイングがこれほど分かれるのは内容が明瞭だったからからと私は思っています。好き嫌いが分かれるのは良いことですよね。
by 荻原 哲 Satoshi Ogihara (2018-10-30 10:48) 

JUN1026

萩原先生、コメントありがとうございます。
「三角形の五心」、賛否ともに得られたということは、それだけ高い関心が寄せられたということでもあり、有り難いことではあるのですが、もう少し簡潔に、何方が読まれても理解し易いような表現に出来たかと、その反省です。
それに今回の「二大ピアノ」は本当に理屈抜きに素晴らしかった。
ピアニスト佐藤さんの卓越したテクニックが、ピアノの持つ上質なサウンドを最大限引き出して、比較、聴き比べを忘れるほどに、賛美したいほどの演奏でした。
by JUN1026 (2018-10-30 22:01) 

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