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冥府に響く天使の声 [音楽のこと]

先週の「日曜ガムラン」に続いて、今日は「ワンコイン市民コンサート」で、二週連続の阪大通い。4月30日に行われる大学祭「いちょう祭」に"ガムラン奏者(?!)"として出演することも決まり、”なんちゃって阪大生(?!)”なワタシはこの春も足繁く通学することになりそうな・・・。


シリーズ第74回」を数える本日の「ワンコイン市民コンサート」。
これまでも、ご出演くださるアーティストたちの練りに練ったプログラムによって、会場である大阪大学会館が、あるときは雅やかな大内裏となったり、前衛的な芸術家が集うパリのキャバレーになったり、悠然としたジャワの宮廷になったり、オシャレなウィーンのカフェに変わったりしてきました。が、今日の設えは、「冥府」?!

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シリーズ登場はこれで3回目(+追加公演)となるワンコイン市民コンサート・アーティスト、沼沢淑音(Yoshito Numasawa)さんのピアノリサイタルの、今日のテーマは『オルフェウスの竪琴:冥府に響く音』。
オルフェウス冥府?! 今日も何やら、ファンタジックでロマンティックなコンサートになりそうな・・・。

オルペウス(オルフェウス・古希: Ὀρφεύς, Orpheus, 仏語: Orphée)はギリシア神話に登場する吟遊詩人で、アポロンカリオペの息子。人類最初の詩人にして、父アポロンから譲り受けた竪琴の名手で、その演奏は人間だけではなく、動植物も魅了し、木々や岩までがその楽音に耳を傾けたとされる。
彼の妻エウリュディケーが毒蛇に噛まれて死んだとき、妻を奪還すべく冥界に下り、その竪琴の音色を持って、大河ステュクスの渡し守カローンも、冥界の番犬ケルベロスをも退け、冥界の王ハーデースとその妃ペルセポネーに認められ、条件付きで妻を取り返すことに成功する。
冥府の王が彼に与えた条件は、地上に戻り着くまで決して妻を顧みてはならぬというもの。あと少しで冥界から抜け出せるというところで、彼は猜疑心から、振り返ってエウリュディケーの顔を見てしまい・・・。

自らオルフェウスとなって、ワタシたちを冥界へと誘うのは沼沢淑音(ぬまさわよしと)さん。
神奈川県伊勢原市に生まれ5歳よりピアノをはじめる。小学校、中学校時に全日本学生音楽コンクール東京大会で第2位受賞。2007年にNHK FM「名曲リサイタル」に出演。2010年に崎谷直人・新倉瞳両氏とのハイドン・メンデルスゾーンのピアノ・トリオのCDが発売され、レコード芸術誌に掲載される。
2004年「第5回若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクール」で第3位を受賞。2009年「マウロ・パオロ・モノポリー国際ピアノコンクール」で第3位を受賞。2013年「第3回アルフレッド・シュニトケ国際コンクール」で優勝。2014年「ケルン国際音楽コンクール」で第3位受賞。2015年「ポッツォーリ国際ピアノコンクール」で優勝。
これまでに日本国内各地、スペインのシグエンサでの音楽祭、ドイツ、イタリア、ロシア、ベラルーシ、中国等で演奏。外山雄三指揮による仙台フィルハーモニー管弦楽団、沼尻竜典指揮によるアンサンブル金沢と共演、アナトリー・レービン指揮のロシアシンフォニーオーケストラと共演等国内外多数オーケストラと共演。
桐朋女子高等学校音楽科(男女共学)ピアノ科を首席で卒業、あわせて桐朋学園音楽部門より特別奨学金を授与される。杉安礼子、故ウラジーミル・竹の内、辻井雅子、佐藤辰夫、広瀬康、野島稔、ミハイル・カンディンスキーの各氏に師事。桐朋学園大学ソリスト・ディプロマを経て公益財団法人ロームミュージックファンデーションの奨学生としてモスクワ音楽院でエリソ・ヴィルサラーゼ氏に師事、卒業。日本での活動、胎動開始中。

これまでご出演された、「シリーズ第50回(2016年01月30日)」でのテーマは『幻想・Fantasie・ファンタジー』で、シューマン、リスト、ドビュッシー、フォーレの楽曲を連ねて、タイトル通り幻想的なリサイタルでした。(→記事参照)。
昨年03月25日は、会場をB-tech Japan Osakaに移した「特別公演」で、『星のさざめき』とタイトルされたリサイタル(→記事参照)。ここではグリーグ、リャードフ、メトネル、スクリャービン、ショパン、フォーレで綺羅めくようなプログラム。スタジオ常設のピアノ、Bösendorfer Model290 Imperialとの共演は、好評につき、「追加公演」まで開催されました(→記事参照)。
ピアノ界の・・・というと、ちょっと大層で、ご本人は恐縮されるとは思うのですが、「ワンコイン市民コンサート」の紛うことなきファンタジスタ!! とにかく、(いい意味で)規格外なピアニスト。
三年目となる今回の副題が、『オルフェウスの竪琴:冥府に響く音』。星空から急転直下で夜見(黄泉)の国? これじゃあ、オルペウスじゃなくてイーカロスじゃん!? ン?! 彼は太陽に近づき過ぎて失墜してしまったんだっけ?

さて、冥府の音楽・・・といっても、ヨシトくんが奇抜なメイクアップして、厳めしいコスチュームに身を包んで、ヘヴィーメタルを演奏する訳ではありません(それはそれで、ワタシ好みではあるのだけれど)。
肉親の死に間近く接した、あるいは自らの死期が近づきつつあることを認知した作曲家が、その時に物した作品にスポットを当てて、プログラムが構成される。ひとの哀れを謡うセンチメント、センチメンタル・ジャーニーとなるのでしょうか?

と、そのラインナップは、

ドメニコ・スカルラッティ(Domenico Scarlatti 1685年10月26日 - 1757年07月23日)
ソナタ へ短調 K466
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756年01月27日 - 1791年12月05日)
ピアノ・ソナタ 第14番 ハ短調 K457」(1784年)
レオシュ・ヤナーチェク(Leoš Janáček 1854年07月03日 - 1928年08月12日)
ピアノ・ソナタ『1905年10月1日の街角で』」(1905年)
フレデリック・フランソワ・ショパン(Frédéric François Chopin 1810年03月01日 - 1849年10月17日)
ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58」(1844年)
アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービン(Александр Николаевич Скрябин 1872年01月06日 - 1915年04月27日)
詩曲『焔に向かって』作品72」(1914年)

時代もお国もバラバラで、曲調も全然違う。これで上手くまとまるのかしらン?


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Alchemist with Bösendorfer (錬金術師とウィーンの至宝)


春らしい陽光が降り注ぐ今日の待兼山。「冥府」を訪ねるにしては明朗過ぎるがそんなことは言っていられない。
14:30。開場となった大阪大学会館・講堂のいつもの席に収まって、眼下にステージを眺めると、会館常設の1920年製Bösendorfer252はゲネプロを終えて、本番前の調律中。
冥府の響き」にチューニングされるのかしら・・・などと独り言ちていたら・・・。

15:00、暗転。開演ベルに促されてヨシトくんがステージ中央で待機するBösendorferへと歩み出て、1曲目、スカルラッティの「ソナタ へ短調」からプログラムがスタート。

パパ・バッハヘンデルと同い年のスカルラッティは華々しい経歴を持つ鍵盤楽器奏者で作曲家。ちょっとゲスいウワサがあったりなかったり?! やんごとなき王女のために、彼が書いた500有余の鍵盤楽器練習曲が「ソナタ」として今に遺る。どんだけレッスンするねんって感じですか。
ワタシは不勉強で、彼とこの楽曲の「冥府」への関わりは理解し得ないのだけれど、そんなことより、今日のBösendorferの音色に驚かされて・・・。

1920年に製造されたこのヴィンテージ・ピアノは全長252㎝で、低域側に4鍵、エクステンドベースと呼ばれる鍵盤が加えられた92鍵(F0~C8)仕様。ベーゼンドルファー社が誇るフラグシップ・モデルであるインペリアルに繋がる、そのパイロット・モデル。豊かに響いて、伸びやかに歌い上げるのが身上。その美しい音色は折り紙つきではあるのだが・・・。
今日は、硬質化したような、金属的なキラメキが突出しているような・・・?
(言葉で説明するのはかなりムズイのだけど)耳に馴染んだ音は、いわゆる箱鳴りしているような、ボディ全部が響いて、柔らかみのある、強いていえば肉厚豊かな絹織物の光沢感、シルキー・ブライト。今日は一層キラキラ感が増して、金属質な、いわばメタリック・ブリリアンス。だからと言って、キンキンと神経質な音ではない。赫耀とでもいうのでしょう、玲瓏な響きとでも形容すべきか、あえていえば、チェンバロ(ハープシコード)をうんと強くしたような。あるいは、パイプオルガンのストップを組み合わせて高次倍音を強調するような。オーヴァートーンまで十分に鳴って、それが大きなボディの中で反射・輻射するような、硬くて高い、なんとはなしに雅びやかな煌めき。
これがオルフェウスの竪琴の音色? 竪琴ならぬ洋琴の、竪琴のごと響きたる!?

もちろん、ピアニストの演奏スタイルに因っても、ピアノの音色は変わるのだが・・・。

冥府の響き」・・・ヘル・サウンド(hell sound)で、へヴィーメタル・・・などと不謹慎なことを妄想していたらそれが具現化しちゃった・・・わけはない。それなら、ディストーションを効かせたノイズィな音になる・・・はず?
決して、悪い音色、不快な音というわけではなく、ヨシトくんの演奏にもマッチして、何よりスカルラッティの曲調にジャストフィットしているように思えたのですが、この音色の変化はファンタジスタ・ヨシトのマジックか?

先月がヴァイオリン独奏で、先々月がソプラノとピアノのコラボレーション。Bösendorferがステージのド真ん中で演奏されるのは、昨年11月以来。久しぶりに聴くピアノ・ソロとはいえ・・・。さて・・・。

この旧い講堂は、本来音楽用ホールではなく、1928(昭和3)年に旧制浪速高等学校の校舎として建てられたもので、一昨年に耐震補強を施されたものの、音響的にはいささかナーバス。
講堂の舞台は、ひとつの大きなスピーカーのようなもの。ピアノを置く位置が少し変わるだけで、音の広がりが随分と変わってしまう。座席位置に因っても聴こえ方が異なり、1階席では低い音域が響き過ぎて、高音域は上に逃げて行くように感じられて、(ワタシ的には)ちょっとバランスが悪く思えて、それでワタシはバルコニーのセンターを定席としています。低音の濁りが薄められ、ピアノの大屋根で向きを変えた高音域の楽音がプロセニアム・アーチから放たれて、ホール内にサラウンドするのを捕まえる。低音はステージからバルコニーの床面を通じて伝わるし、最前列ならパラペットがその振動に呼応するのが感じられる。ホール全体がサラウンド・スピーカーとして機能するのがバルコニー・・・ではないかと。

とはいえ、ピアノの位置による違いでもない。ピッチ(音高)まで違って聴こえるということは・・・。

開演前のチューニングがこの「冥府の響き」の動因・導因。
終演後に”答え合わせ”して頂いたのですが、いつも来られている調律師に変わって、今日は別の方がその任に当たられたとかで、海外のピアニストや著名な演奏家にも好まれ、その手腕は「マジック」と称えられるお方なのだとか。その仕事ぶりは、”調律”ではなく、演奏家のスタイルに合わせた”音作り”であるのだとか。
聴き慣れた「シルキー・ブライト」も決して悪くない。ワタシ的には、そのしなやかな光沢感は非常に好ましい。が、今日の音色にはココロを鷲掴みにされたような衝撃。「(ノーブル)メタリック・ブリリアンス」。
まさに、卑金属を貴金属に変える錬金術を目の当たりにしたような・・・ってか、この場合は非金属を金属質に変えちゃったと驚くべきか。
ノーブルさ、プレシャス感は、「ウィーンの至宝」とも呼ばれるBösendorferにもとより備わる資質だとしても、この変化は「マジック(魔法)」ではなく、ワタシには「アルケミー(錬金術)」に思えて。
その調律・・・音作りにどんな技巧が用いられたかは窺い知れないが、冥府的・・・というか、ある種デモーニッシュでさえある。

そういえば、ねェ。

新大阪駅近くのB-tech Japan Osakaで行われた『星のさざめき』とその追加公演においても、同じスタジオで、同じピアノで、同じ楽曲が同じピアニストによって演奏されたにも関わらず、チューニングを異にする1989年製Bösendorfer Model290 Imperialは全然違う表情を見せた。狭いスタジオにはオーヴァースペック過ぎることから、初回のヨシトくんはかなり抑え気味の演奏であったそうなのですが、追加公演ではピアノのチューニングが変更されて、ヨシトくんのパフォーマンス向上に貢献。調律師が施した魔法が演奏家にまで大きく作用。調律と演奏技法がマッチするとすごいリアクションが起こることを見せつけられました。

今日のBösendorfer252は倍音豊かで、「冥府」に響く「天使の声」。Hell's Angels?!
・・・っと、ピアノばかり褒めても仕方ないですね。その音を引き出すのは、無論のことピアニスト。

力量感溢れる・・・というのとも違う。と言って、端正な・・・ともちょっと異なる。ピアノと対話している・・・というか、自身の感性と技量をピアノに注ぎ込んでいるようで、ピアノに歌わせる、ピアノがもつパフォーマンスを存分に発揮させる。チューナーの錬金術に拠って生み出された貴金属をさらに磨いてジュエリーに変えてしまう・・・という感じでしょうか。
多分、きっとピアノが心底お好きで、放っておいたら何時間でも弾いちゃう・・・ンでしょうねェ。

演奏とおしゃべりの両立が出来ないと仰言るヨシトくん。MCも解説もなく、間断なくプログラムが進んで、ワタシはその演奏と音色に惹かれて、うっとり陶然。半ば夢心地で、途中にインターミッションがなければ、そのまま冥府に引き込まれていくような・・・気さえしました。久し振りに、ピアノ酔い、酩酊したような気分。

プログラムに込められた「死と滅亡」、「哀感と悲嘆」。暗くて重いテーマで、黒くて大きな宝石箱に詰められたジュエリーが冷たい輝きだけに留まったのが、ちょっと勿体無い気もしましたね。
(精神的に)疲れちゃうんじゃないかとも思いましたが、倍音豊かな天使の声に癒されました。

その楽曲については改めて語るまでもないでしょう。プログラムノートか、それを転載した「ワンコイン市民コンサート」のホームページをご覧頂くとして、今日は、ピアニストとピアノと、それとチューナーによる三位一体の妙、それに尽きるということで。貴重なものを聴かせて頂いた、観せて頂いたということで。

音楽は時間芸術。絵画や彫刻と違って、作者が書き残した楽譜だけでは芸術としての真価を発揮しない。名演奏を得て、漸く芸術たり得るもの。楽譜に込められた作曲家の論位を読み取って、その裏側に秘められた意思を汲み取って、そのうえで演奏家がもつベスト・パフォーマンスが発揮出来て、愈々アートと呼べるものになる。名プレイヤーがアーティストと呼ばれる所以。
弦楽器や管楽器と違って、自前のピアノを持ち込むことがほとんど少ないピアニスト。会場に用意されたピアノとの相性という問題もあるでしょう。短い時間で、それを我が物のように弾きこなせなければならないが、それはそのピアノとの相性だけでは止まらず、そのピアノをメインテナンスするチューナーとの一期一会。
となると、ピアノの楽音も芸術。それを作り出す調律師も芸術家。いい楽曲といい楽器といい演奏、ピアノの場合は、それにいい調律が加わることで仕上がる時間芸術。
技術と鍛錬と力量の化学反応。ノーブルでプレシャスな錬金術によって齎された耳の贅沢。
その調律・・・音作りの秘密も知りたいところではあるのですが、その神秘はミステリーのまま黒くて大きな宝石箱に収めておきましょう。
機会があるなら、この音で改めて「喜びの島(L'Isle joyeuse)」を聴きたい・・・なァ。歓喜に満ちた愛のファンファーレ。もちろん、ヨシトくんの演奏で。


さて、来月もピアノ・ソロ。3月18日(日)に予定されているのは「エマニュエル・リモルディ ピアノリサイタル『ロマンティシズムへのリフレクション』」。クレメンティ、シューマン、リスト、ラフマニノフ作品を取り上げ、ロマンティシズムとは一体なんなのか、音世界からの内省的アプローチを試みるプログラム。
その前日、17日(土)には、リモルディさんによる「マスタークラス」がB-tech Japan Osakaを会場として開催される予定になっています。受講生だけでなく、出入り自由な聴講生も応募受付中。
4月15日(日)開催予定の「宮本Forsterあき子ソプラノリサイタル <リヒャルト・ワーグナーをめぐる作曲家とその音楽 >“後期ロマン派音楽における熟成と未知への可能性“」も予約受付中。
是非ぜひ、ご来場を・・・と言いながら、ワタシは「『いちょう祭』への路」。三月、四月と、ジャワ・ガムランのお稽古と日にちが被りそうな予感。今から分身の術を会得したいと思います。

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mitubati

いつも丁寧な解説を有難うございます.
「いちょう祭」ガムラン演奏のチラシがありましたら頂戴したいです ♪
by mitubati (2018-02-27 21:54) 

JUN1026

mitubatiさん、コメントありがとうございます。
そして、先日はありがとうございました。

ガムランのチラシですが、ようやく演奏曲目も決まったばかりで、恐らくまだ仕上がっていないかと思います。来週も練習があるようなので、確認してみますが、お渡し出来るにしても三月末か四月に入る頃ではないでしょうか。
気長にお待ちくださいね。

by JUN1026 (2018-02-27 22:41) 

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