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間奏曲?! Interlude in Prague [音楽のこと]

耳の調子も少し良くなって、落ち着きを取り戻したようなので、今日は久しぶりにシネマ鑑賞。
シネ・リーヴル梅田で上映中の『プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード』を観に参ります。
(以下、ネタバレ注意!!)


邦題通りにヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756年01月27日 - 1791年12月05)が主人公。
この映画が製作されたのが2016年で、それは彼の生誕260年に当たるとか。250年とか300年ならいざ知らず、そんな半端なところで区切られても知らんがな・・・という感じですが、「百塔の都プラハ、その美しい街並みでオールロケを敢行し、衣装や風俗、家具調度に至るまで当時を再現。それに加えて、映画の中で、『フィガロの結婚』と『ドン・ジョバンニ』まで鑑賞出来るのだとか。もちろん、それらを始めとするモーツァルトの楽曲がてんこ盛り。これは観ておいて損はない・・・というか、観ておかねば・・・。

と思いつつ・・・。

ウィーンで初演した『フィガロの結婚』が遠く離れたプラハで大評判となり、その地に招かれたのちの『ドン・ジョバンニ』誕生秘話・・・はいいとしても、それにドロドロとしたゲスい愛憎劇が絡んで繰り広げられる、愛と欲望のマスカレード。プラハモーツァルトを待つのは、「愛」か「成功」か、それとも、「陰謀」か!?・・・と、どうも純粋な音楽映画ではないような・・・。
現代に生きるワタシたちは歴史を学び、過去の出来事を大まかにでも大体は知っている・・・つもり。あまりに脚色過多で史実からかけ離れた”ファンタジー”では興醒めしてしまう。といって、四角四面の教科書みたいなドキュメンタリーではちょっと退屈。その塩梅が難しい。

1984年に制作され、日本では1985年に公開された映画『アマデウス(Amadeus)』も、映画としては面白かったけれども、けれども、ちょっと、ねェ。そこに登場するアマデウス・モーツァルトは随分エキセントリックだし、アントニオ・サリエリはなんだか呪術師か錬金術師めいて見えるし、ねェ。映画としては面白かったのだけれども・・・。
そういえば、あの映画もプラハ・ロケで、オペラのハイライト・シーンがインサートされてもいた。あれから30年。プラハでのモーツァルトがどう変化したか。それも見所?

プラハのモーツァルト.jpg

1787年、オーストリア領ボヘミアの首都プラハ。
かつてボヘミア王カレルⅠ世が神聖ローマ帝国皇帝に選出されてカールⅣ世となり、その大帝国の首都となったプラハ。都市開発が進み、ヨーロッパ最大の都市、「皇帝の都」、「黄金のプラハ」と形容されるまでになるも、幾たびとなく繰り返される争いののち、ボヘミアの王位も神聖ローマ帝国の帝位もハプスブルク家に移り、それによりウィーンに遷都され、チェコ語は使用禁止となり、宗教や文化面でも弾圧を受け、200年以上の長きに渡る「暗黒の時代」を迎える。
そんな中、「楽都」ウィーンの繁栄に憧れを抱きつつ、夜毎にオペラや舞踏会、晩餐会に明け暮れるプラハの上流階級。
分けても、サロカ男爵は名門にして大富豪。ノスティッツ劇場のパトロンでもあるが、この男爵、かなり女癖が悪く、猟色家。独身、既婚に係わらず、自邸のメイドさんから、劇場の出演者、衣装係にまで手を出す始末。映画の冒頭でも、主役より先に登場し、ソプラノ歌手に毒牙を伸ばす。その際に上演されていたのが、ウィーンから輸入されたばかりの『フィガロの結婚』。

シーン変わって、男爵邸での晩餐会。
そこでの話題は、ウィーンで初演され、ご当地で上演の運びとなったオペラ・ブッファとその作曲家について。何がどうプラハっ子の琴線に触れたのか、「楽都」よりこの地での評判の方が遥かに高まって、セレェブな方々だけでなく、その邸宅で働く使用人や馬丁までがオペラの一節を口ずさむほど。
モーツァルトとは10年来の親友、プラハ版『フィガロ』では伯爵夫人ロジーナを演じるソプラノ歌手でもあるヨゼファ・ドゥシェク夫人が話しを振ると、そこに居並ぶ名士の方々はモーツァルトをプラハに招待しようと盛り上がる。
カンパを募るが大した額にはならないところへ、件の男爵、残りは全部負担すると、太っ腹なところを見せつける。
このお方、まァ、悪役ではあるのだけれど、『アマデウス』のサリエリ先生とは違って、垢抜けているというか、現代的でスマート。あちらが呪術師なら、こちらはやり手の実業家。好色なのが玉に瑕!?
自身が支援する劇場に天才作曲家を招いて新作オペラを掛ければ潤う・・・と踏んだのかどうか。しかし、何故か男爵さまはモーツァルトがお嫌いなようで、ザルツブルグの宮廷を追い出された、作曲にしか才能のない、貧乏作曲家とこき下ろす。権威主義者なのでしょうか。

ここまで観ていて、何か違和感を覚える・・・と思ったら、出演者全員が、ドイツ語ではなく、ましてやチェコ語でもなく、英語で会話しているじゃあないか!! この映画、チェコとイギリスの合作で、キャストもスタッフもほぼほぼ英国籍。
サウンドトラックスも英国のエレクトリック・プログレッシヴ・ロック・バンド「Hybrid(ハイブリッド)」が担当しているのだけれど、これがなかなかいい仕上がり。モーツァルトが手掛けた楽曲、特に『フィガロの結婚』と『ドン・ジョバンニ』から多く引用されているのだけれど、全部この映画のための録り卸しで、サロカ男爵が暗躍するシーンでは、低くて重い打撃音と陰鬱なBGMが流れて、あたかも『スター・ウォーズ(STAR WARS)』のベーダー卿のような。これから起こる陰惨な悲劇を暗示する。

そうそう、そういえば、プラハがオペラ・ブッファの発注したのは、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンではなかったかしらン? で、ハイドン先生が失職中のモーツァルトにその任を宛てがった・・・のでは・・・?
とにかく、プラハからの招待状がウィーンのモーツァルトの元に届けられる。

1756年01月27日、神聖ローマ帝国・ザルツブルグに生まれ、3歳からチェンバロを弾き始め、5歳にして作曲を手掛け、「神童」の名を欲しいままにしたヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
が、その名声も過ぎし日のこと。
故郷ザルツブルグでの宮廷オルガニストの職を解かれ、ミュンヘン、マンハイム、パリ、そしてウィーンへと遍歴、母はパリに客死し、その寂しさからか、父の反対を押し切ってコンスタンツェと結婚。最初の子供は幼くして旅行中に死亡。次男カールは無事に成長するも、三男ヨハンは嬰児のうちに亡くなる。
後宮からの誘拐』に続いて、『フィガロの結婚』を上演するが、保守的なウィーンには風刺が過ぎたのか、上演禁止となり、好ましい評価も得られない。・・・ところへ、何故かプラハでは大受けし、旅費・交通費を添えた招待状が齎される。
コンスタンツェは産後の傷を癒すために、幼子カールを伴って温泉地へ保養に出る。それを機に、起死回生のプラハ行を決意。

プラハでの逗留先は、ドゥシェク夫妻の別荘「ベルトラムカ(Bertramka)」。端麗な装飾を施した(6オクターブ?)2段鍵盤のチェンバロが用意された、シンプルな設えの部屋はいかにも居心地が良さそうで、作曲も捗り、いい眠りが得られそう。
翌朝、『フィガロ』の一節を歌う声に目覚めるモーツァルト。窓の下では、当家のメイド、バルバリーナが鳩にパンくずを与えながらアリアを聴かせている。
窓を開け放ち、「天使の歌声で目覚めた」などと、ウィーンでの失意を忘れ、調子のいいことを仰る。気分アゲアゲ??

一方、劇場の方では、サロカ男爵に恐れをなしてドイツに逃げ帰ったソプラノ歌手の代役オーディション。ナイチンゲール(小夜啼鳥)の歌声と類い稀なる美貌を併せ持つスザンナ・ルプタック嬢がパトロン男爵のお眼鏡に叶って、白羽の矢。ケルビーノ役を得るとともに、男爵の好き心に火をつけてしまう。
大役を頂いたと有頂天のスザンナちゃんにヨゼファ夫人が、「男爵と二人きりにならないで」と忠告。何しろ、良人ある身の夫人の楽屋に押し入り関係を迫るほどの男。一方のスザンナちゃんは、プラハ市議会議員のご令嬢で、オーディションやリハーサルもご両親が揃って同伴するほどの超箱入り娘。親御さんの眼の届かないところでは、男爵にいいようにされるのは目に見えている。
折しも、メイド娘を手篭めにされたことに逆上した父親が男爵を襲撃、返り討ちにあい、剣で刺し殺されるという事件が発生。使用人が逆上、男爵の正当防衛ということになり罪に問われない。
プラハの人たちは、男爵が非道を尽くしているのを、知りながら知らないふり。ヨゼファ夫人は、男爵をモデルに悪役を作ればいい、猟色の末の殺人、『ドン・ジョバンニ』のモデルにぴったり、とモーツァルトにアドバイス。

監督、脚本家のお遊びなのか、『フィガロ』に登場する役名が2つ、この映画にはそのまま登場人物の名前に使われて、映画の中でそのオペラが上演されて、ちょっとややこしい。
映画の中でケルビーノ役に抜擢された新人ソプラノ歌手にして市議会議員ご令嬢がスザンナちゃんで、オペラ『フィガロ』の中のスザンナは伯爵夫人に仕え、フィガロとの結婚間近にして、初夜権復活を目論む伯爵の誘いを受ける小間使い。2つの役どころがちょっとカブる。
バルバリーナは、『フィガロ』では、伯爵の小姓ケルビーノといい仲の、庭師アントニオの娘でスザンナの従姉妹。今作『プラハ』の中では、ヨゼファ夫人に仕え、モーツァルトに言い寄られてちょっとその気になってしまう小間使い。
となると、モーツァルトがフィガロ兼ケルビーノで、サロカ男爵が伯爵?
男爵は、『フィガロ』に出てくる浮気者のアルマヴィーヴァ伯爵と『ドン・ジョバンニ』のタイトルロールの二役・・・か?
フィガロの結婚』や『ドン・ジョバンニ』を知らなくてもこの映画は楽しめるが、知っていると余計に理解が早い・・・と思うけれども、知っていると、オペラと映画、双方の役名で混乱を来す?

劇場内に暗雲迫ることも知らぬげに、遠く離れた保養地の妻に「寂しい、逢いたい」と手紙を送る一方で、バルバリーナにちょっかいを出してみたり・・・。
ウォルフガング、お前もゲスか?! ・・・とツッコむ間も無く、舞踏会開催の知らせ。
モーツァルト様来訪記念なのか、『フィガロの結婚』上演記念か、大々的な仮面舞踏会が催され、ホールに集うのは着飾った紳士、淑女。ちょっと時代遅れのイタリア製メヌエット・・・、ルイジ・ボッケリーニの「弦楽五重奏曲 ホ長調 G275」で浮かれ踊るが、ひと際眼を惹くのは”薔薇の精”となったスザンナ嬢。
そこにモーツァルト様ご入場。
座付きの弦楽五重奏団が急遽演奏するのは、「モーツァルト・メドレー(Mozart Medley)」。史実どおりに(?)、大流行りする『フィガロ』から始まる舞曲仕立てのメガ・ミックス。このストリングス・クインテットが、浮き立つほどに、踊り出したくなるような。華やかな舞踏会がより一層湧き上がる。
そして、ラヴロマンス映画の定石通り、モーツァルトスザンナは互いに近づき、ひと目で恋に落ちる。「仮面の下の素顔が見たい」と仰るが、「ロマンスがありあまる」では「スプリング・センテンス」が放っておかない? ・・・かどうかは分からないが、穏やかでないのは男爵の心中。出逢う前から毛嫌いしていた貧乏作曲家が恋敵となって、苦虫を噛む思い。
まさか市議会議員のご令嬢を腕づく、力づくで襲うわけにはいかないと、そこはスマートな男爵さま、正攻法でその父親に結婚の申し込み。男爵てば、独身だったのか?!
娘は「年上過ぎる」と拒むが、玉の輿を得たと喜ぶ両親。乙女のピンチが風雲急!!!!

折りもおり、なんとか宿敵を葬り去りたい男爵の元にザルツブルグ大司教から特使ロフィが遣わされる。
あの男は異端者。
あの貧乏作曲家は妻子ある身でありながら、市議会議員の娘にちょっかいを出す不逞の輩。
告発なさりませ。
私は劇場への出資を止めることが出来る。
悪辣な奸計が出来上がり、不貞の証拠を掴まんと、文春ばりのパパラッチ。

妻子ある方とは関係するわけにはいかないと思いながらも、乙女の心は才能ある作曲家に惹かれてしまう。ベルトラムカ邸で作曲するモーツァルトの手助け、書き上がった楽曲を歌って差し上げましょうと願い出る。対するモーツァルトは、「恋の手ほどきをしないと・・・」と、ゲスっぷり。
そのお屋敷のオーナー、フランティシェク・クサヴェル・デュシェックは作曲家で鍵盤楽器奏者。演奏旅行にでもお出ましなのか、映画には全く登場しない。その妻ヨゼファ・ドゥシェク夫人ことヨーゼファ・ハンバヒャーも国内外に名を馳せたソプラノ歌手。お嬢ちゃんの出る幕はないと思うのだけど、まァ、映画的文法ではこういう流れになって然るべき。
劇場でのリハーサル、ベルトラムカでのレッスン、時間をともにしてより親密になるのだけれど、二人きりになることは許されない。箱入り娘のご両親こそモーツァルトの部屋へは来ないが、それに変わって、親代わり、姉のごとく、ヨゼファ夫人が二人の間に割って入って監視役。
ヴォルフガング・アマデウスと3つ年上のフラウ・ヨーゼファ、ある研究ではゲスい関係にあったとか、なかったとか。映画の中では、三角関係が四角関係になってはややこしいからか、若い二人のいいお姉さんといった役どころ。舞台に上がると、貫禄と気品を備えた美声のソプラノ。存在感は十分。

親密度が増すにつれ、二人だけになりたいところへさらなる邪魔者。ザルツブルグ特使ロフィが見学させろと押し掛ける。なんとか不貞の証拠を掴みたい。
不自由さが余計に二人の心を燃え上がらせる。

蜜月の機会が突如訪れる。
市議会議員夫妻が小旅行。広いお屋敷はスザンナちゃん独りきりになる。
「決して来客を入れるな。男は近づけるな」
「お言いつけ通りに」
その指図は反故にされ、正面切って訪れたモーツァルトスザンナの待つ部屋へと通される。小間使いは見て見ぬ振りをして、メイドは二人の初夜のためにご馳走を仕込む。
ようやくのハニームーンと思ったのも束の間。劇場から衣装係が訪ねてくる。
自宅に衣装係? ・・・と訝しむ作曲家。衣装係は男爵に脅されて、密偵となっている。スザンナが衣装係を出迎えに部屋を出る。モーツァルトは、そこに居ることを知られてはいけないのに、事情を把握出来ず、部屋に置かれたチェンバロを弾き始めてしまう。その楽音を怪しむ密偵の衣装係。
そこはスザンナの機転で切り抜けはしたものの、二人が手に手をとって劇場へ向かう道すがらにも黒い影が2つ3つと見え隠れ。どうやら尾行されている、見張られている・・・ような。このウォルフガング君、なかなかに勘が鋭い。流石にシャーロック・ホームズ、007のお国のモーツァルト。サスペンス慣れしているのね。

男爵特使と違い、市井の人々は彼に好意的。劇場付きの指揮者フェルディナンドとは音楽家同士の強い絆で結ばれ、ウォルフガングヨハンとファーストネームで互いに呼び合う仲。モーツァルトの身代わりとなって、尾行をまく。その隙に、恋人たちは再び市議会議員邸へ。その夜、二人は結ばれる・・・。
あくる朝早く、密偵の衣装係がやって来る。裸でベッドから飛び出すモーツァルト
「今夜、もう一度・・・」
「私の想いは遂げられました。父の言いつけ通り、男爵に嫁ぎます」と、彼の懇願をはねのけるスザンナ

失意の天才作曲家はリハーサルにも身が入らない。気掛かりなのはスザンナの事ばかり。
ところが、男爵特使もさるもの、昨夜不貞が行われたことに気付いてしまう。逆上する男爵特使をザルツブルグに追い返し、スザンナの楽屋に押し入るや、馬車で送ろうと言葉を掛ける。スマートさはかなぐり捨てて、外道と化す。
両親と帰ると拒む彼女を無理やり馬車に載せると、向かうのは市議会議員邸ではなく、男爵のお屋敷。
力づくで、部屋へ引き入れると、ソファに押し倒し、強引にワインを飲ませてしまう。乙女のピンチに駆けつけるヒーローはいない。抗う娘に対し、逆上した男爵の手がその華奢な首に掛かり・・・。そういえば、密偵にされた衣装係の首にも無残な痣が残っている。
娘の急を聞きつけた市会議員パパが男爵邸に駆けつけるが時すでに遅し。
「事故だったんだ」
「貴方を必ず告発してやる(怒)」

スザンナの葬儀。参列者の中にはモーツァルトの姿もある。その寒々とした墓地の一角には騎士を象った石像が立ち、それはあたかも『ドン・ジョバンニ』に登場する騎士団管区長。黒く大きな影となって、「悔い改めよ」とモーツァルトにのしかかるようにも見える。

父を殺された、元男爵家のメイドさんのハナちゃんは「男爵の子を身籠っています」と市議会議員氏に告白。数件の強制性交等罪及び殺人罪で起訴、オーソリティリアンでファシストでアンチフェミニストな男爵は留置場から絞首台へ。

ノスティッツ劇場で新作オペラの上演が決まるが、憔悴しきった作曲家は創作意欲も失せたまま。心にぽっかりと穴が空いて、それはヨゼファ夫人バルバリーナ、指揮者ヨハン、ましてや余人が埋められるものでは無い。
「君に逢いたい」と、再び妻コンスタンツェに手紙を書く。乙女のピンチに現れるヒーローは無いが、夫の焦眉には妻が駆けつける。
劇場支配人は、もうこれ以上延期は出来ません、貴女のお力でなんとか・・・とコンスタンツェにすがる。『序曲』がまだ仕上がっていない。
女を失った男は弱いが、子を亡くしても母・・・妻は強かった。「大丈夫、なんとかなります」
コンスタンツェに尻を叩かれて、一気果敢にスコアを書き上げる夫ウォルフガング。大勢の写譜屋が一晩掛かりでそれを書き写す。
逸話通りに(?)、インクの乾かない譜面が劇場に届いたのは、開演の数分前。リハーサルをしている時間もない。あの『オーヴァーチュア』をぶっつけ本番、初見で演奏しちゃう?! 出来ちゃう!!!!
この『序曲』、はっきりしたコーダ(終結部)を持たず、そのまま第一幕になだれ込んでしまう。指揮を執るのは作曲家自身で、流れを把握しているとはいえ、それを理解して演奏出来る劇場付きのオーケストラや歌手、裏方のスタッフたち、みんなスゴイね。スゴイよ。凄すぎるゥ。
客席で観ている市議会議員氏、『序曲』が無かったと訝しむ。「いえ、ちゃんとありましたよ」と指揮者ヨハン
ワタシ的にはこのシーンが一番好きかなァ。サスペンス的な、事件性の高いドキドキハラハラよりも、上演前の慌ただしくも張り詰めた緊張感のハラハラドキドキ。恋人と見初めあった胸キュンより、幕が揚がる瞬間のときめき。

かくて、華々しくももの悲しい「プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード」、一幕の終演。

この映画、虚実が7:3くらい? ・・・でしょうか? もしかして、8:2?
モーツァルトの招聘から、舞踏会を経て、インクのまだ乾かないスコアが届けられての『ドン・ジョバンニ』上演まで、ほぼ史実通り(?)に編集すれば、30分ほどの短編・・・ですが、(いい意味で)ツッコミどころも満載で、観ていて、長い怠いとは感じさせない103分間。合間に、『フィガロ』も挿入されて、プラハの美しい景観、そこに被さるモーツァルトの楽曲。とにかく、美しい。

でね。この映画、邦題から受ける印象が少々ダサいような気がしていて、原題は「Interlude in Prague」なのだけど、”インクの乾かないスコア”が予備知識の中にあって、予告編を観た時からずっと「Ouverture in Prague」と勘違いしていて、その『Ouverture(序曲)』に向かう部分だけを想定していた。で、よくよく見たら「Interlude(間奏曲)」。何故、そこに着目した?! ・・・てか、『フィガロの結婚』や『ドン・ジョバンニ』に間奏曲は入ったかしらン?? ワタシが知らないだけ?
どうなんでしょう。”神童”と呼ばれた華々しい時代から、不遇と絶念で短い生涯を終える、その幕間ってこと?
プラハで上演された『フィガロの結婚』と『ドン・ジョバンニ』。その華やかなステージに幕が降りている間の、オペラに負けないほどの波乱に満ちたラヴ・ストーリー・・・それを幕間劇(Interlude)とした・・・ということでしょうか。

Interlude in Prague.jpg

監督・脚本がジョン・スティーブンソン(John Stephenson)。
ゲスいこともしているが、爽やかで颯爽としたイケメン・モーツァルトアナイリン・バーナード(Aneurin Barnard)、(まァ、ある意味ドン・ジョバンニですから)主役を喰いそうなほど強烈な印象のサロカ男爵ジェームズ・ブリアン・マーク・ピュアフォイ(James Purefoy)、吹き替え無しに美しいアリアまで聴かせてくれるヨゼファ夫人サマンサ・バークス(Samantha Barks)、透きとおるような透明感のある美貌の歌姫スザンナにはモーフィド・クラーク(Morfydd Clark)、ちょっとサーヴィスショット(?)な入浴シーンもあるコンスタンツェシャーロット・ピーターズ(Charlotte Peters)、親友となる指揮者フェルディナンドトレント・ガレット(Trent Garrett)、唄えるメイドさんのバルバリーナルビー・ベントール(Ruby Bentall)、こちらは哀しいメイドさんのハナアンナ・ラスト(Anna Rust)。
一瞬しか出番はないけど、カール・モーツァルト役の子役が天使のように可愛い
音楽がhybridで、演奏はプラハ市立フィルハーモニー管弦楽団。サウンドトラックスもお勧めです。

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