SSブログ

武久源造 ピアノの発見 第四章 スクエア・ピアノ二都物語 [音楽のこと]

今月の「ワンコイン市民コンサート」は、今や恒例となりました「武久源蔵 『ピアノの発見』」。数えて、今回が『第四章』。
ピアノだけに、白鍵、はっけん・・・、発見。いや、そういうことじゃなくて・・・?!

IMG_2223.jpg

2015年08月の『第一章』を皮切りに、一年に一度、大阪大学会館のステージにご登場される武久源蔵さんは、
1957年生まれ。1984年東京芸術大学大学院音楽研究科修了。研究テーマは、主にバッハ以前の音楽におけるDispositioについて。
チェンバロ、ピアノ、オルガンを中心に各種鍵盤楽器を駆使して中世から現代まで幅広いジャンルにわたり様々なレパートリーを持つ。特にブクステフーデ、バッハなどのドイツ鍵盤作品では、その独特で的確な解釈に内外から支持が寄せられている。また、作曲、編曲作品を発表し好評を得ている。音楽的解釈とともに、楽器製作の過程についても造詣が深く、楽器の構造的特色を最大限に引き出す演奏が、楽器製作家たちからも高く評価されている。
91年「国際チェンバロ製作家コンテスト」(アメリカ・アトランタ)、また97年および01年、第7回および第11回「古楽コンクール」(山梨)、ほか多数のコンクールに審査員として招かれる。ソロでの活動とともに、00年に器楽・声楽アンサンブル「コンヴェルスム・ムジクム」を結成し、指揮・編曲活動にも力を注ぎ、常に新しく、また充実した音楽を追求し続けている。02年から毎年、韓国からの招請による「コンヴェルスム・ムジクム韓国公演」を行い、両国の音楽文化の交流に大きな役割を果たした。91年よりプロデュースも含め40作品以上のCDをALMRECORDSよりリリース。中でも「鍵盤音楽の領域(Vol.1~9)、チェンバロによる「ゴールトベルク変奏曲」、「J.S.バッハオルガン作品集Vol.1」、オルガン作品集「最愛のイエスよ」、ほか多数の作品が、「レコード芸術」誌の特選盤となる快挙を成し遂げている。2016年3月には、2度目のゴールトベルク変奏曲の録音をリリース。これまた、レコード芸術誌の特選版となる。ここでは、日本で初めて16ft弦付チェンバロによって、ゴールトベルクの新しい可能性を切り開いている。さらに、同年、市瀬玲子との共演によって、バッハのガンバ・ソナタ全曲を、ジルバーマン・ピアノとチェンバロを使い分けて録音し、発表。2017年4月、やはり、ジルバーマン・ピアノとペダル付チェンバロを使い分けて、バッハの《平均律》全曲録音を始動。4部作の第一弾を発表。その際、従来誤訳として議論されてきた《平均律》を《適正律》と改めた。これら二つの真作CDは共に、レコード芸術誌の特選版となる。
02年、著書「新しい人は新しい音楽をする」(アルク出版企画)を出版。各方面から注目を集め、好評を得ている。05年より鍵盤楽器の新領域とも言えるシンフォニーのピアノ連弾版に取り組み多方面から注目を集めている。学生時代から数多く放送に出演し、演奏やレクチャー、解説などを担当した。特に、06年NHK第一ラジオ「ときめきカルチャー」コーナーに年間を通して出演。その後もNHKのカルチャー・ラジオのシリーズで何度かレクチャラーを務める。1998~2010年3月フェリス女学院大学音楽学部及び同大学院講師。2013年、ラモーの抒情喜劇『レ・パラダン』の日本人による初演を指揮して、絶賛を博する。また、近年、毎年、ヨーロッパ各国(ドイツ、リトアニア、アイスランド、スウェーデン等)で、即興演奏を含む多彩なプログラムによって、オルガン、チェンバロ、ピアノその他の楽器を使った・コンサートを行い、注目を集めている。”・・・という経歴のお方で・・・、

過去3回、『ピアノの発見』、『第一章』から『第三章』までの、そのアラスジは・・・、

他の楽器と異なり、比較的新しく、複雑な構造を持つピアノは、その誕生から今日に至るまで幾多の変遷を重ね、様々な亜種を生みながら、進化を続けてきた。
約300年の昔、イタリアはバルトロメオ・クリストフォリ・ディ・フランチェスコ率いる工房で作られた原初のピアノは、今日のピアノとは異なり、簡便で、鉄骨フレームも持たず、大きな木製の共鳴箱・・・ボディの中に張られた弦を鍵盤と連動するハンマーで打つという発音構造だけが共通項。
チェンバロのようでもあり、クラヴィコードのようでもあるけれど、チェンバロと違って打鍵する強さで強弱が付けられるように、クラヴィコードと違ってより大きな音が出るように、と考え出されたのが、その名もフォルテピアノ。
チェンバロ類(ハープシコード、クラヴサン)などは弦を引っ掻いて音を出す撥弦楽器で、ピアノ系はハンマーで弦を叩いて音を出す打弦楽器。外観は似ていても、発音構造が異なる。
そして、それらは大きなホールでの演奏に相応しい大きな音が出るように、あるいはより精緻で狂いのない音が奏でられるようにと工夫と改良が施されていく。
イタリアで発明されたフォルテピアノがドイツに伝わり、(ハンマー)クラヴィーアとして更なる発展を続け、『第一章』から『第三章』でご紹介頂いたのが、その代表の「ゴットフリート・ジルバーマン・フォルテピアノ」。
そして、音楽が限られた人たちの手からより広い層へと広がるにつれ、ピアノも一般家庭に置けるように、大きさ、構造や価格も考慮されて、その中で生まれたのが今回『第四章』でご紹介頂くスクエア・ピアノ
その名の通り、四角四面の長方形ボディ。現在のアップライト・ピアノみたくその上に調度品が飾られたり、あるいはライティング・ビューローのように使われたりもしていたのでしょうか。
今日はそれが2台。武久さん所有の1830年代にウィーンで作られたゾイフェルト社製のものと、本日の共演者、山川節子さん所有の1815年にロンドンで製造されたクレメンティ社製。

これまで3回に渡った『ピアノの発見』で示されたのは、鍵盤楽器の変遷でもあり、また、鍵盤楽器を用いた音楽の歴史でもあって・・・、以下のようなプログラムがそのストーリーを彩りました。

武久源蔵 ピアノの発見 第一章」(2015年08月30日)
クリスティアン・ツィル・ジャーマン・チェンバロゴットフリート・ジルバーマン・フォルテピアノが用意され、オール・バッハ・プログラム。
第一部:ジャーマン・チェンバロによる演奏
J.S. バッハ 
トッカータ ニ長調 BWV915
パルティータ 第四番 BWV828

第二部:ジルバーマン・ピアノによる演奏
J.S. バッハ=武久 シャコンヌ
J.S. バッハ パルティータ 第六番 BWV830
その他

武久源造『ピアノの発見』第二章 父と息子の対決=バッハ家の場合:あなたの中に、父は生きているか?」(2016年06月18日)
宮崎貴子さんをパートナーに迎え、クリスティアン・ツィル・ジャーマン・チェンバロゴットフリート・ジルバーマン・フォルテピアノが並べられ、パパ・バッハとその息子たち、長男のヴィルヘルム・フリーデマン(通称「ハレのバッハ」)と次男のカール・フィリップ・エマヌエル(通称「ベルリンのバッハ」、「ハンブルクのバッハ」)の作品を弾き比べ、聴き較べ。これも、オール・バッハ(父子)・プログラム。
J.S.バッハ イタリア風協奏曲 ヘ長調
半音階的幻想曲とフーガ ニ短調
インヴェンションとシンフォニアより
W.F.バッハ 2台の鍵盤楽器のためのソナタ ヘ長調
独奏鍵盤楽器のための12のポロネーズより
C.P.E.バッハ 2台の鍵盤楽器のためのデュオ


武久源蔵 『ピアノの発見』 第三章 〈父から離れて〉』」(2017年07月15日)
アントン・ワルターゴットフリート・ジルバーマンフォルテピアノ2台で、パパ・バッハとその末子、ヨハン・クリスティアン(通称「ロンドンのバッハ」)と、まだ幼い頃に父とともにロンドンを訪れ、ロンドンのバッハから手ほどきを受けたウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品をご紹介。この回も共演は宮崎貴子さん。
J.S.バッハ 適正律鍵盤曲集より
J.C.バッハ ソナタ Op.5 No.2
ソナタ Op.18 No.5
W.A.モーツァルト 2台のピアノのためのソナタ ニ長調 K.448


ピアノ発展の歴史は鍵盤音楽発展の歴史で、そのスタート地点にいたのが「音楽の父」ことヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685年03月31日 - 1750年07月28日)。
彼以前にも、オルガンやチェンバロ(クラブサン、ハープシコード)、クラヴィコードなど鍵盤楽器を使った作曲家、演奏家は多くいましたが、彼がそれまでの音楽の集大成にして、現代に続く西洋音楽の源泉、源流。彼がいなかったら、ハードロック・キーボーディストも世に出ていなかった・・・はず。
何しろ、パパ。おじいちゃんや曾お爺ちゃんの顔は知らなくても、おとーちゃんの顔は忘れない!?
で、教会にあっては荘厳なオルガンを奏で、やんごとなき方々のサロンでは典雅にチェンバロを演奏し、家庭に帰っては息子たちとクラヴィコードを弾いていたパパ・バッハ
ピアノの原型が登場したのはちょうどその頃で、イタリア製のクリストフォリはともかく、ドイツで最初のピアノ、ゴットフリート・ジルバーマンは彼のもとへと齎され、その新しい鍵盤楽器が彼の手で試され、さらに改良のアドバイスもしたとのこと。

そういう浅からぬ因縁から『ピアノの発見』は、ピアノ発展の歴史でもあって、パパ・バッハを筆頭とするバッハ家の大河ドラマともなっています。

で、今回の『第四章』。主役(?)はスクエア・ピアノ
それが登場したのは、ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770年12月16日頃 - 1827年03月26日)、フランツ・ペーター・シューベルト(Franz Peter Schubert 1797年01月31日 - 1828年11月19日)の時代。
音楽の都、ウィーンでは、パパ・バッハを遥かに望み、その息子たちやフランツ・ヨーゼフ・ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732年03月31日 - 1809年05月31日)、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756年01月27日 - 1791年12月05日)に憧れた世代の頃。音楽が新しい変節(古典派→ロマン派)を迎え、ピアノも工業近代化の恩恵から新機軸となる機構が取り入れられてブランニュー。

今回、東京から遠路運ばれた2台のスクエア・ピアノ、1台は1830年代にウィーンで作られたゾイフェルト社製で、もう1台は1815年にロンドンで製造されたクレメンティ社製。
プログラムのサブタイトルも〈ウィーンとロンドン、ピアノ二都物語〉となっています。
武久さんの演奏については、過去3回で実証済み。やはり、気になるのはスクエア・ピアノがどんな声音で歌うかというところ。

昨今、古い時代の音楽には旧い時代の楽器を使おうと、いわゆるピリオド楽器がちょっとしたブーム。オールド・ヴァイオリンなどの弦楽器は生産された当時の姿に復元され、鍵盤楽器も旧いものがレストアされたり、それに代わるレプリカが造られたりしています。今回は1800年代前半に作られたオリジナルのスクエア・ピアノが2台。あまり前例を見ない試みではないでしょうか。

会場はいつもの通り、大阪大学豊中キャンパス大阪大学会館。14h30開場、15h00開演。
プログラムは、
J.S.バッハ 適正律クラヴィーア曲集第一巻より 前奏曲とフーガ 嬰ヘ長調 BWV 858、変ホ短調 BWV 853
M.クレメンティ Gradus ad Palnassum(パルナッソス山への階梯)より、第53番、第54番 他
J.フィールド ノクターン 第6番ヘ長調他
R.シューマン アラベスク ハ長調 作品18
F.シューベルト 12のレントラー 作品171 D 790、即興曲他
F.ショパン マズルカ3番 作品7 ヘ短調他
F.シューベルト 四手のためのファンタジー ヘ短調 D940

IMG_2228.jpg

開場となってすぐにバルコニー席からステージを見下ろすと、武久さんがゾイフェルトを解体、調整中で少々只ならぬ様子。古い楽器だけにチューニングが決まらないのでしょうか?! 甚だ心配ではありますが・・・。

IMG_2231.jpg
IMG_2234.jpg

ほぼ定刻通りに開演。
まずは、そのゾイフェルトによるJ.S.バッハ適正律クラヴィーア曲集第一巻」より『前奏曲とフーガ 嬰ヘ長調 BWV 858』。
適正律」とは聞きなれない言葉ですが、この楽曲の原題は「Das wohltemperierte Klavier」。
広くは「平均律クラヴィーア曲集」として知られるもので、「Klavier(クラヴィーア)」は”鍵盤楽器”を意味し、問題となるのは「wohltemperiert(e)」。それは本来”よく調整された”という意味で、1オクターブをきっかり十二等分して出来た「平均律」とは別物。英語では「Well-Temperament」で、日本語訳は(何故か)「平均律」。武久さんはそれを、「適正な」、「良い(好い)加減の」、「適当な」と解釈されて、そう読んで(呼んで)おられる。
面白い・・・というか、分かりやすいのはフランス語で、「tempérament inégal」・・・、「不均等不平等不等凹凸なムラのある調律。決して「平均」じゃないと強調しています。
平均」じゃないけど、「良く調律された」とは・・・というお話しは長ァくなりそうなので、バッサリ割愛させて頂きますが、鍵盤楽器を含まない室内楽や管弦楽で用いられる音律がそれに近いかと思います。
モダン・ピアノ出現以前、スクエア・ピアノくらいまでは、各々演奏者(かそれに代わる人)が弦楽器などと同じように、その楽曲ごとに微妙にチューニングしていたのではないでしょうか。
音律は深くて、多くの音楽家やかのピュタゴラス先生までがそれに頭を悩ませておられたのですが、鍵盤楽器やギターなどのフレット式絃楽器には平均律の方が都合がいいからと、今では概ねそれが一般化。ギターなどはまだ演奏家が簡単にチューニングを変えたり整えたりも出来るのですが、金属フレームに200本以上にもなる多くの弦が高張力で張られたモダン・ピアノはおいそれと調律出来るものではなく、チェンバロや他の旧鍵盤楽器が廃れる中、そんなモダン・ピアノが広まったせいでこの楽曲も「平均律ピアノ曲集」みたくなっちゃって、パパ・バッハもさぞや草葉の陰で嘆いておられる・・・かどうかは分かりませんが、そんなこんなで、ピリオド楽器、古楽器が見直されているわけですな。

IMG_2233.jpg
IMG_2235.jpg
IMG_2236.jpg
IMG_2238.jpg

パパ
の時代にゾイフェルト・スクエア・ピアノはまだ存在せず、このピアノが作られた1830年頃にはモーツァルトベートーヴェンシューベルトもすでに鬼籍に入られて、「音楽の都」ウィーンもちょっと淋しい時代。ですが、「シューベルティアーデ」のおかげ(?)で音楽が市民層に広まって、その時代の鍵盤楽器愛好家によってパパの楽曲が演奏されたであろうということで、その再現。
その音色は愛らしく、モダン・ピアノのような圧倒する音圧は望めないのでしょうが、軽やかで転がるような音で、いわゆるダンパーペダルも備わって余韻もコントロールされる。
前回ゴットフリート・ジルバーマンで演奏された「平均律適正律クラヴィーア曲集」とはまた違った味わい。
ワンコイン市民コンサート」のwebサイトには過去の公演の様子が録画・録音されてアーカイブとして保存されています。是非ぜひお聴き比べして頂きたい。今回の分もいずれアップロードされるはず。
また、武久源造さんのCD『バッハの錬金術 Vol.2』ではバロック・チェンバロゴットフリート・ジルバーマンでの演奏が聴かれます。Apple Musicでもダウンロード可能。そちらも合わせて、是非どうぞ。
広報からのお知らせでした・・・と終わっちゃいけない。

さて、気になるゾイフェルト・スクエア・ピアノ。その来歴の後半生はというと、このピアノ、1830年頃にウィーンで作られてから、どこをどう巡ったのか、大阪の某博物館の所蔵品となり、そのミュージアムが閉館することになった際、何方か引き取り手は無いものか、然もなくば廃棄してしまうかという憂き目。縁あって、武久さんがお引き取りになって、壊れて音が出ないのを修理、修復し、今日大阪に里帰り演奏(?)となった次第。
ところが、東京から遠路運ばれて、その運搬中、190年前に作られたピアノはハンマー・システムの一部が破損!!
本来は膠で接着すべきところを、それでは乾燥に一日を要することから、急遽瞬間接着剤ア◯ンア◯ファでくっつけて、なんとか開演に間に合わせた・・・っと。
でも、少なくともワタシの耳には壊れてるなんて感じられなくて、その愛らしさにただただウットリ。

IMG_2237.jpg
IMG_2239.jpg

適正律クラヴィーア曲集」からもう2曲続いて、そのあとはクレメンティ作曲「パルナッソス山への階梯」より。
これを演奏されるのは、
ピアノ演奏の基礎を井口愛子氏に学び、演奏、作曲、アンサンブルなど各分野で、登坂ときわ氏、萩谷 納氏ほかの、多くの良き指導者に恵まれる。さらに後には、演奏法と指導法について武田宏子氏のもとで研鑽を積む。
早くからソリスト、アンサンブル奏者、また、指導者として活動。
独自の演奏哲学をもって、モダン・ピアノ、フォルテピアノ、チェンバロなどを自在に駆使し、多彩なレパートリーを適切な解釈で演奏。自ら企画、演奏するコンサートを多数開催し、多方面から高い評価を得ている。
特に、初心者からプロまで、また、子供から高年齢者まで、それぞれの状態に合わせた独創的な指導法を実践、一部からは「山川マジック」とも評され、高い成果を上げている。
1988年より2000年まで「子供のためのトークコンサート」を各地で開催。一方で1980年ごろから古楽に興味を持ち、武久源造氏はじめ多くの古楽奏者から示唆を得て、1995年からチェンバロ、フォルテピアノなどの演奏に携わる。また、武久源造氏に30余年に渡って協力し、多様な音楽シーンの製作、放送およびCD製作などに関わり、コンサートおよびCD録音での共演も多数。2005年より「交響曲を連弾で」シリーズを開始。作曲者自身が編曲したピアノ連弾版を使用し、多方面から注目を集めている。2007年よりスクエアピアノの活動を開始、2014年、15年はスクエアピアノとシングルアクションハープによる演奏会を企画・演奏し、高い評価を受ける。2017年、アンティーク・スクエアピアノ(1815年、クレメンティ社製)を入手、これを使用して、さらに活動の幅を広げている。”・・・という経歴をお持ちの山川節子さん。
演奏家が変われば、楽器も交代で、使われるのは山川さん所有の1815年にロンドンで製造されたクレメンティ社製スクエア・ピアノ
クレメンティ社製ピアノでクレメンティの楽曲!!

そう。ムツィオ・クレメンティ(Muzio Filippo Vincenzo Francesco Saverio Clementi 1752年01月23日 - 1832年03月10日)はイタリア・ローマ生まれの作曲家・オルガニスト・ピアニスト・教師・編集者・出版業者で、楽器製造業者。今では「ソナチネ」くらいしか知られていないけれど、若干12歳で作曲家デヴューするわ、14歳でオルガニストとしてデビューするわ、その後すぐロンドンへと渡英、そこでマルチなタレントを発揮して、パリで♫バラは バラは 気高く咲いてェ♫な頃のマリー・アントワネットの御前で演奏したかと思うと、ウィーンの神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世主催のパーヴェル大公(後のロシア皇帝パーヴェル1世)歓待式典では4歳年下のヴォルフガング・アマデウスと御前競演するわ、楽譜出版社の社長としてベートーヴェンに逢ってその楽譜を出版するわ、果ては楽器工房まで立ち上げて、お弟子さんたちをデモンストレーターに仕立てて販売促進に注力するわ、色んな意味ですンごいヒト。
52歳の時に18歳のお嬢さんと結婚しちゃうわ、59歳の時に26歳の女性と再婚しちゃうわ、色んな意味で羨ましくもあるヒト?! 才能だけでなくヴァイタリティも有り余っていたのでしょうね、色んな意味で・・・。
パルナッソス山への階梯(グラドゥス・アド・パルナッスム・Gradus ad Parnassum)」は全3巻からなるピアノ練習曲集で、これももちろんピアノの販売促進用教材。とにかく、販路拡大のためにピアノ演奏家の裾野を広げようと画策されておられたのでしょう。
のちにカール・ツェルニーパクってそれに倣って「新グラドゥス・アド・パルナッスム」を出版し、皮肉屋クロード・ドビュッシーがそれを揶揄ってパロディとした「子供の領分『グラドゥス・アド・パルナッスム博士』」を作曲。少なくとも、彼らの時代までは今より名前が売れて、知られてもいたのでしょう。タレントがあってヴァイタリティがあっても、栄枯盛衰、盛者必衰、モダン・ピアノの時代まで生き残れなかったのね。

で、彼が作ったスクエア・ピアノ山川さんのご説明によると、一般販売用量産品はゾイフェルト同様に簡素な外観を与えられているそうで、ここに持ち込まれたのは当時オーダーメイドされた一点物。ボディの各所に控えめではあるが、金を使った模様が施され、何より6本ある脚の造形が秀逸。華奢に見せつつ、量感も現して。いいピアノ(鍵盤楽器)は脚を見れば分かる?!
ワタクシこと、”鍵盤、指板の上で躍動する指フェチ”ではあるのですが、”(良く出来た)鍵盤楽器の脚フェチ”でもあるのです。
量産型は工房の職人さんの手で仕上げられるが、オーダー物はクレメンティが自身の手で最終チェック、お墨付きを以って顧客に引き渡されたのだとか。
山川さんの語るところ、このクレメンティは永らくロンドンの某博物館に在って、そこが閉館になることから払い下げとなり、故あって山川さんがお引き取りになられたとのこと。修復が施されながら、山川さんの愛奏を受け、今日に至る。今日、大阪に至る・・・という次第。

ゾイフェルトクレメンティ。同じスクエア・ピアノで、構造こそ似ているものの、大きさも微妙に違って、音質も少し異なって、それがオリジナルか修復の結果なのかはともかく、〈ウィーンとロンドン、ピアノ二都物語〉の由来。
当時「音楽の都」ウィーンだけでも100近いピアノ工房があったようで、それぞれが試行錯誤、工夫を凝らして、オリジナリティを競っていたのでしょう。
因みに、ですが・・・、今日は2台のスクエア・ピアノにステージを譲っている、会館ご自慢の1920年製Bösendorfer252。のちにその製品が「ウィーンの至宝」と呼ばれることになるベーゼンドルファー社が産声をあげたのもこの頃、1828年のこと。一番最初はどんなピアノを作っていたのでしょう。気になりますね。
同じピアノでありながら、キーボードのタッチや弾きやすさを優先するのか、音質の美しさや調律の効率を優先するのか、そのコンセプトの差異がブランドの個性、その1台ずつの持ち味となっているのでしょう。
そう言えば、写真撮影のために間近に迫りながら、鍵盤数を数えるのを忘れておりましたが、どちらもC1〜A7、7オクターブ弱・・・だったでしょうか。モダン・ピアノと同様に、1つのキーに対して、弦が2〜3本。これがモダン・ピアノに負けない、深い音を生み出しているのでしょう。

武久さんとゾイフェルトによる演奏に戻って、ジョン・フィールド(John Field 1782年07月26日 - 1837年01月23日)の「ノクターン 第6番 ヘ長調」。
ノクターン(Nocturne)」・・・「夜想曲」というと、21曲も作ったフレデリック・フランソワ・ショパン(Fryderyk Franciszek Chopin 1810年03月01日 - 1849年10月17日)の作品が知られていますが、アイルランド出身でロンドンに出て、クレメンティに師事した作曲家フィールドが元祖の本家。彼も20曲近い作品を遺しています。
先生で師匠で社長であるクレメンティから販促用のデモンストレーターを仰せつかって、ロンドンからパリ、ウィーン、サンクトペテルブルク、モスクワと巡業に明け暮れながらの作曲活動。その後、長くロシアにとどまって、その地の音楽発展に貢献。この人がいなければ、今日のロシア音楽は無かった・・・かも?!
少なくとも、ショパンには多大な影響を与えたのだから、当時まだ情報の乏しかった(であろう)ポーランドやロシア、東欧圏は彼の指導のもとにあったのでしょう。
で、スクエア・ピアノでの「夜想曲」。これがいい。モダン・ピアノでは少々重くて、その”想い”もなんとなく深刻めいて。"夜に想う"のだから、密やかに、しめやかに、ひっそりしているくらいが加減だと思うのですが・・・。夜に重い、じゃあ眠れない。

休憩を挟んで、ロベルト・アレクサンダー・シューマン(Robert Alexander Schumann 1810年06月8日 - 1856年07月29日)「アラベスク ハ長調 作品18」。こちらも「ノクターン」同様、歌うような軽やかさが、いい感じ。

・・・なのですが・・・。

IMG_2232.jpg

その曲が終わった途端に、ステージ上ではゾイフェルトの解体修理(?)が始まります。
今日もまだまだ暑くて、その影響で弦が伸びてきたのかと思ったらそれどころじゃないようで、鍵盤がごっそり引き出されて、ハンマーへのリンク・アームが1本取り外されて・・・。どうやら、ア◯ンア◯ファでくっ付けたところがまた壊れちゃったようで・・・。
面白い・・・と言っては叱られそうですが、大変興味深い光景。そうそう見られるものじゃない。
武久さんが修理に当たる間、山川さんがステージに呼ばれて、急遽のレクチャア・トーク・ショー。

無事(?)修復も終えて、フランツ・ペーター・シューベルト(Franz Peter Schubert 1797年01月31日 - 1828年11月19日)「12のレントラー 作品171 D 790」より、ショパンマズルカ 第3番 ヘ短調 作品7」。
そして、プログラム最後は、お二人によるゾイフェルト連弾で、シューベルト最晩年の傑作「四手のためのファンタジー ヘ短調 作品103 D940」。
耳に馴染んだ楽曲も味わいが変わって、四手連弾となっても威圧的な重さもなく、クリアで軽やか、バランスも悪く無い。先月のBösendorfer252での連弾と比べても、何ら遜色はなくて、何ならこちらの方がこの楽曲に相応しいようで、何より軽やかに転がる音が心地いい。あッ、Bösendorferでの連弾が重苦しかった訳ではないのですよ。ニュアンスの問題。

IMG_2267.jpg

貴重なスクエア・ピアノ、それも2台も賞翫させて頂いて、修復作業まで拝見出来て、存分に堪能させて頂きました。
アンコールは、武久さんとゾイフェルト山川さんとクレメンティで、それぞれ1曲ずつ。音質が軽いので、幾らでも聴いていられそうですが、そうもいきません。
楽しませて頂きました。

しかし、『第四章』でスクエア・ピアノまで来ちゃったら、『第五章』は・・・?
それはその時のお楽しみ?!

さて、来月はFelix Trio(フェリックス・トリオ)こと、作曲家フェリックス・メンデルスゾーンことヤーコプ・ルートヴィヒ・フェーリクス・メンデルスゾーン・バルトルディ(Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy 1809年02月03日 - 1847年11月04日)をこよなく愛する三人、ピアニストの矢野百華さん、ヴァイオリニストの北條エレナさん、チェリストの河野明敏さんがご出演。
演目はもちろん、メンデルスゾーンピアノ・トリオ(ピアノ三重奏)、「ピアノ三重奏曲 第2番 ハ短調 作品66」。それに加えて、モーリス・ラヴェル(Joseph-Maurice Ravel 1875年03月07日 - 1937年12月28日)作曲「ピアノ三重奏曲 イ短調 M.67」。
音楽の次元性〉をテーマに、とてもお若い三人が難曲に挑みます。
10月14日(日)、14時30分開場、15時00分開演で、現在お申し込み受付中。是非ぜひ、大阪大学豊中キャンパス 大阪大学会館までお運びくださいますよう。

11月18日(日)は、「加藤幸子ピアノリサイタル『ドビュッシーとラヴェル:命』Debussy and Ravel: “Life and Rebirth”」。
ワンコイン市民コンサート」3度目のご出演となる加藤幸子さんによる、フランス近代音楽の2大巨頭、ドビュッシーラヴェル。こちらも、お申し込み受付中。

nice!(0)  コメント(2) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 2

荻原哲

素晴らしいレビューですね。これまでのチャプターも制作意図も上手にまとめられている。すごい!

by 荻原哲 (2018-09-24 08:03) 

JUN1026

萩原先生、コメントありがとうございます。
あまりお褒め頂くと調子に乗ってしまいます。

それはともかく、途中アクシデントがあってハラハラしたものの、それも無事に乗り越えて、今回もいいステージでした。
武久さんも仰っていたように、楽器も生き物で、その時のコンディションもあるでしょうから、それを如何に誤魔化す・・・というと言葉は悪いですが、宥めながら最良のパフォーマンスを引き出していく。
貴重な楽器を大阪まで運んで頂いたうえ、そのベテランらしい妙味を拝見出来た、超貴重な公演だったと感じました。

ほんと、『第五章』はどうなるんでしょうね?
by JUN1026 (2018-09-24 22:03) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント