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Java Mandara ~ ジャワ芸能の魅力 [音楽のこと]

今日は月に一度のお楽しみ、「ワンコイン市民コンサート」の開催日。シリーズ第59回となる本日のプログラムは、聴き慣れたヨーロッパ音楽を離れて、影絵劇あり、歌謡曲あり、古典曲あり、舞踊ありの『ジャワ曼荼羅ジャワ芸能の魅力』と題されたジャワニーズ・エンターテインメント。

 

東南アジア・インドネシアのジャワで独自の発展を遂げた大衆芸能・・・影絵劇、歌謡曲、古典曲、舞踊を一堂に会した今日のプログラム。
ワヤン・クリ(Wayang Kulit)と呼ばれる人形を使った影絵芝居やジャワ舞踊で用いられる音楽がジャワ・ガムラン(Java gamelan)。その歴史は古いが、使われる楽器は金属製の銅鑼や鍵盤打楽器、太鼓、中国の二胡にも似た擦弦楽器など目にする機会の少ないもので、歌われる内容も古代詩を元にしたもの。
そして何より特徴的なのは、ペロッグ(pelog)とスレンドロ(slendro)と呼ばれるインドネシアでは伝統的な二つの五音音階(1オクターブを五分割した音階)。いわゆる"ペンタトニック・スケール"。ちょっと違うけど、日本の民謡や演歌、童謡、唱歌などでも多く使われている。あまり耳にする機会が少ないガムランが、どこか懐かしく感じられるのはそのあたりの近似性によるものか。伝統を継承しつつ外来文化を吸収、融合する様まで似て、JapaneseとJawanese、japonaisとjawanais、すンごく近しい関係なのかもしれない。

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その遠くて近いジャワ・エスニック・ミュージックの正体を探るべく、大阪大学豊中キャンパスへ向かいましょう。

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っと、その前に腹ごしらえのランチは、やはりインドネシアンでナシゴレンと思ったのだが、何故かカーオ・ムー(スープ付き)。まァ、ここはざっくりと大らかな気持ちで、アジアン・エスニックな雰囲気だけ・・・ということで。

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色づき始めたキャンパスから待兼山、会場はいつものように大阪大学会館。開場が14:30、開演が15:00。

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開場なって、ワタシに用意された席はいつものバルコニーA-32。見慣れたステージには見慣れない楽器が犇めくように並べられて開演の時を待っている。
開演時間の少し前、演奏者がそれぞれの持ち場についてスタンバイ。と、どこからともなく、鳥の囀りが聞こえてきて・・・。
第一部『昼下がりの王宮』の始まり・・・っと思ったら、その前に突然、開演前の「直前特訓インドネシア語講座」!!!?

せっかくだから「ありがとう」だけでも覚えて帰ろうということらしいのですが、耳馴染みのないインドネシア語、覚える前にヒアリングが出来ませんって。

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改めて、『昼下がりの王宮』・・・。

ここは中部ジャワの古都ソロの王宮。その一角に建つプンドポからはお客様を迎えるガムランの響きが聴こえてくる。

宴の幕開けは「ランチャラン クボギロ スレンドロ音階 ソンゴ調(Lancaran KEBO GIRO Laras Slendro Pathet Sanga)」。なんか、ハリー・ポッターの呪文みたいだが、スレンドロ音階で演奏されるソンゴ調ランチャラン形式の小品ということらしい。小さな序曲といったところか。

コンダクターがいるわけでもなければ、誰かがカウントをとって演奏が始まるわけでもない。ひとつの楽器が音を奏でたら、他の楽器がそれに追従する。ちょっとジャムセッションかギグぽくてカッコイイじゃないか!!
ごく短いソロは、青銅楽器のアンサンブルとなって、独自のリズムを作り出す。重厚な低音がバルコニー席を揺さぶり、軽やかな高音域はキラキラ光のように壁に反射する。
ヴィブラフォンやシロフォンに似た鍵盤打楽器。1台ずつは、わずかに5〜10鍵、それで1〜2オクターブ。それが音域を変えて、数組並べられている。鍵盤こそ金属製だが、それを支えるフレームと中に仕込まれた共鳴菅は木製、竹製で、それが音色を複雑かつマイルドにしている。打面こそ金属なのだけど、全然キンゾクキンゾクした音ではないのは、その辺りの仕掛けに因る。その澄んだ余韻が耳に心地いい。コンプレッサーを効かせたフェンダー・ローズ・スーツケースモデルっぽい音色?
それに、伏せたお碗状の鍵盤(?)・・・小さな銅鑼を連ねた打楽器や大きな銅鑼、太鼓が加わる。
ポリリズムのようで少し違う、ガムラン独特のリズム。1台ずつはすごくシンプルなパターンを繰り返しているだけなのに、アンサンブルになると複雑に聴こえる。また、同じパターンを繰り返しているようで、微妙に叩き方を変えているのか、音程的にもそれほどきっちり安定しているわけでもなく、リズムにも揺らぎが感じられる。16ビート風の躍動的なグルーヴをまったりしたオブラートで包んだような・・・。それが耳に心地いい。身体が自然に踊り出す。洗練された音でも音楽でもないのだけれど、優しげで、だからこそ馴染みやすい。

ガムラン・アンサンブルには、特に人数の規定はないようで、今日は7人編成? ガムランでは、長らく楽譜、スコアは存在しておらず、今は学術的に整備されて便宜上の楽譜はあるようだが、それは五線紙にオタマジャクシではなく、数字の羅列。後半の『ワークショップ』で拝見することになるのだけれど、一見しただけではただの乱数表なのだけど、鍵盤楽器が目の前にあると、とりあえずどのキーを叩けばいいのかは理解出来る。長さは? 強さは? これでどうしてビート感が生み出せるのン?

・・・と、2曲目は、王様のお出まし。

クタワン プスポワルノ スレンドロ音階 マニュロ調(Ketawang PUSPAWARNA Laras Slendro pathet Manyura)」。プスポワルノとは「花々」という意味だそうで、この楽曲は歌が入って、歌詞にはお花の名前が連なるらしい。結婚式でよく演奏されるものだとかで、多分お目出度い内容なのだろうが、古都ソロにあるマンクヌガラン王宮では王のお出ましの際の入場曲(?)でもあるのだとか。歌も独唱かと思うと合唱になって、演奏する手を止めて手拍子が入ったりと、シンプルな楽器構成で、音域もかなり限られているのに、全然単調じゃない。歌詞の意味するところが理解出来ればもっと楽しめるのだろうが、全然解らない。事前に直前特訓インドネシア語講座」をするのであれば、スクリーンに対訳を掲示していただければよかったかも・・・。
それはそれとして、青銅製の打楽器が打ち出すビートに乗った歌は、特徴的な節回しで、技巧的ではないけれど、素朴な味わい。

今日のアンサンブルには1台だけ二胡に似た擦弦楽器ルバブが入って、時によっては管楽器も用いられるらしいが、ガムランは主に打楽器、鍵盤打楽器や銅鑼、太鼓が中心。
『旧約聖書 創世記 第四章 21節』によると、人類最初のミュージシャン(?)はアダムとエバの息子の息子の息子の息子の息子の息子の息子のユバルで、笛や竪琴を奏でる全ての者の先祖となった・・・らしい。で、欧羅巴・・・というか、キリスト教圏の音楽は管弦楽中心。オルガンは(鍵盤付き)管楽器で、ピアノは(打)弦楽器。所変われば品変わる・・・とはいえ、アダム&エバの子孫のうちユバルの至る前のどこかで枝分かれして東の方へ流離っちゃったのか、そもそも世界観が全く異なるのか、耳に馴染んだ西洋音楽とは全く異なる編成。メロディアスなハーモニーか、リズミックなハーモニーか。その成り立ちの違いを研究するのも面白い、かも。

ワタシは常々、音楽は祈り、願いだと信じているのだが、宗教音楽として体系化され、理論づけされて、その後、芸術、エンターテインメントへと発展した西洋音楽とは異なる進化を遂げたアジアの音楽。願いを込めた歌や踊りを際立たせて盛り上げるためにメロディ楽器は省いて、よりプリミティヴな囃子方としての打楽器で構成し、"芸術"ではなく"芸能"として進化した"音楽"。作曲家が意図した通りの"音楽"を再現しようとする"芸術"と集団的な祈りを表現するための"芸能"。フォークロアというか、民謡なのだろうが、それは世界観というより、宗教観の違いによるもの・・・なのかなァと考える。
日本人としてのワタシは、例えば天岩戸に御隠れになったアマテラスを誘い出すために催された宴はこういう雰囲気だったのではないかと感じる。日本のお祭りの囃子方にも似て、この緩ゥい感じは、作品の再現性、芸術性より集団の意思統一のための演奏という目的によるものだろうか。
欧羅巴文学やヨーロピアン・ミュージック、西洋文化を深く知ろうと思えば、キリスト教を理解することが不可避だと思うのだが、さて、ガムランを了得するには何が必要なのだろう。

さて、王様がご臨席遊ばされたら、宴は最高潮に盛り上がり・・・。

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ジャワ・スタンダードな「ランドン パンクル(Ldr. Pangkur)」の調べに乗って踊り子が入場し、「ガンビョン ラングンクスモ マンクヌガラン様式舞踊(Gambyong LANGEN KUSUMA gaya Mangkunegaran)」のご披露。
元は村々を回る女芸人(テレデック)が豊穣への祈りとして踊った民間舞踊が、王家に取り入れられて来賓をもてなすためのダンスとしてソフィスティケイトされたのだとか。
客席後方から通路を通ってステージに上がるのは、ジャワに長く滞在、舞踊やガムランを学んで来られた岡戸香里さん。トラディショナルな出で立ちが艶やかで、黄葉した公孫樹よりもっと鮮やかなコバルトイエローのサンプールがひらひら眼を惹くように翻る(「ワンコイン市民コンサート」のHPにYouTubeがアップロードされると思うので、そちらも是非ご覧あれ)。

ダンサーの岡戸さんも演奏に加わって、次の演目は列席された賓客の平穏無事、安寧を祈る「ラドラン ムギラハユ スレンドロ音階 マニュロ調(Ladrang MUGI RAHAYU Laras slendro pathet Manyura)」。ムギラハユが「平穏でありますように」という意味だとか。
ミニマル・ミュージックのようでもあるが、それほどタイトな緊張感があるわけでもなく、あくまでまったりゆったり。

ここまで4曲演奏されて、面白いのは、曲ごとにフォーメーションが変わるところ。
今回のメンバーは、1979年に植野アジア芸術文化振興財団との共同事業として大阪大学文学部音楽学研究所を拠点に結成されたダルマ・ブダヤ(Dharma Budaya)から6名、ガムランをこよなく愛する女性トリオTidak apa apa西田有里さんと松田仁美さんと近藤チャコさん、優美なダンスを披露してくださった岡戸香里さん、インドネシア・ジョグジャカルタ生まれで幼少よりダラン(影絵人形遣い)としてのキャリアを持つアナント・ウィチャクソノ(Ananto Wicaksono)さん、総勢11名。それが曲ごとの担当楽器を変えて、入れ替わり立ち替わり。ガムランはそういうシステムになっているのでしょうか。お尋ねするのを忘れておりました。

第一部「昼下がりの王宮」の締めくくり、フィナーレとなるのは「ラドラン ソブラン スレンドロ音階 ヌム調(Landrang SOBRANG Laras Slendro pathet Nem)」。ソブランが「対岸・向こう側」という意味で、第1部の終曲であると同時に、夕暮れから夜への中間曲、第2部のワヤン・クリ煌めく影たち』のための序曲、あるいは、その影絵芝居への前奏曲といったニュアンスでしょうか。
装飾的な奏法の柔らかい音の楽器を中心とした「ガドン」というスタイルだそうで、ルバブという弦楽器とシンデンと呼ばれる女性歌手は、この曲の音階には無い、西洋音楽でいうところの短調的な半音階を用いる。ペンタトニックで半音階、ブルーノートになるのかしらン?じっくり改めて聴いたみたい。

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第二部へのインターミッション。その間ステージでは影絵芝居のためのセット替え。楽器が移動し、影絵のためのスクリーンが登場する。

ジャワ伝統の影絵劇ワヤン・クリ(Wayang Kulit)。ワヤンが「影」、クリが「皮」を意味し、それに使う人形は極彩色に着色された牛の皮から作られる。スクリーン後方に光源を置いて、皮革製の人形を操作し、スクリーンに投影する。
今でこそ誰もが"影絵"を観ることが出来るが、本来"影"として鑑賞出来たのは王侯貴族だけに限られ、民衆はスクリーンの光源側で"影"ではなく極彩色の皮革製人形を直接観ていたのだとか。その人形を操るのはダランと呼ばれる人形遣いで、今日のダランアナント・ウィチャクソノさん。インドネシア語講師と演奏家までこなして八面六臂。何しろひとりで10体近いキャラクターを操ることになる。

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今日は特別に、王侯貴族と庶民、両方の気分を味わえるようにと、客席から順番にステージに上がってスクリーン後方、光源側からの影絵劇も拝見出来るという趣向。

演目は、インドの古代叙事詩『ラーマーヤナ(Rāmāyana)』。『マハーバーラタ(Mahābhārata)』と並ぶインド二大叙事詩のひとつで、長い長いそのストーリーからのエピソード。

コーサラ王国のラマ王子とダンダカの森で仲睦まじく暮らすシンタ姫がその美貌に魅せられたアレンカ王国のラワン王の奸計により誘拐されてしまう。誠実な弟レスマナ王子や道化の親子スマルとペトロ、さらには猿の戦士アノマン、鳥王ジャタユの加勢を得て、ヴィシュヌ神の生まれ変わりでもあるラマ王子は魔王ラワンに戦いを挑む・・・というのがざっくりとしたあらすじ。

登場するキャラクターだけでも9体、さらにランドスケープ的なもの(?)が2体加わる。それを操りながら、セリフにナレーション、効果音までひとりでデモンストレーションするアナントさん。そのセリフ、ナレーションは片言の日本語で、ユーモラスでほのぼのとした印象。魔王だってちっとも怖くない。
皮革製のお人形はスクリーン上で平面的に動くばかりではなく、光源側に退かれて影を大きく見せてみたり、軸方向に回転するかと思えば、放り投げられてアクロバティックな空転まで披露する。さすがに2本の手腕では登場人物全てを操れないので、動きのないキャラクターはスクリーン裏の台に固定される。セリフはそれぞれ声音を変えて演じられるので、スクリーンの後ろの演者がまさか一人とは思えない。
それを盛り上げる音楽はもちろんガムラン。情景的に盛り上げる・・・というよりは、いい感じに緩ゥくて、歌舞伎や古典演劇の囃子方に近い印象。

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無事にシンタ姫も救い出されての大団円。ワヤンの後は第三部ガムラン楽器で音を出してみよう』。演奏で使われた楽器を体験するワークショップ。

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まずは眼を惹く大きな銅鑼、ゴン・アグンから。お鍋を幾つもぶら下げたようなグンブルにお椀を並べて伏せたみたいなボナン。意外にお腹に響くような重厚感のある音色。
鍵盤打楽器群に移って、似た形態ではあるが役割ごとに種類があって、乱数表のような譜面を読みながら、サロングンデルと呼ばれるそれらを叩かせて頂く。キーが少なくて、それに番号も書き込まれているので叩くべきキーは理解するのだけれど、リズムはどう読むのだろう。それでも、鍵盤式は音階が直感的に見えるだけ理解しやすい。

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影絵劇ワヤン・クリで使われた人形を拝見する。牛皮を切り抜いて、派手な塗色を施した人形。"影"だけ見ているのは勿体無いほど凝った造りで、楽器以上に興味深い。
もう少しゆっくりお話しを伺う時間があればよかったのだけど、そうもいかず、また日を改めてレクチャーして頂けたら・・・ということで・・・。

受付時にプログラムとともに受け取ったフライヤーには、今回ご出演されたダルマ・ブダヤが催す「日曜ガムラン」の案内があって、月1回、約2時間のガムラン体験教室が開かれるのだとか。大阪大学豊中キャンパス・文学部芸術研究棟1F-芸3教室(旧美学棟B14教室)を会場として、次回は12月18日(日)14:00〜16:00に開催される由。参加させて頂いて、今回抱いた疑問を解決するとともに、多少なりともガムラン・・・アジアン・エスニック・ミュージックの謎に迫ってみようかなっと。

1889年のパリ万国博覧会で紹介されて、クロード・ドビュッシーやモーリス・ラヴェルらに大きな影響を与えたというガムラン。近代フランス"芸術"には、ジャポニスムとともにジャワニスム、アジア"芸能"の影響が大きいとなったら徒や疎かにも出来ない。近代フランスを知るために、日本とジャワを知っておく必要があるわけですな。この冬は「ジャワ曼荼羅」を解明する時間になりそうです。

次回、12月の「ワンコイン市民コンサート」は、11日(日)14:30開場15:00開演で、『田中正也ピアノリサイタル〈個と民族〉ロシアとアルメニアの神秘と幻想』。
東南アジアから北東ヨーロッパへ?
アジアのようでアジアでない、ヨーロッパのようでヨーロッパではない、ロシアとアルメニアの音楽。
二度目のご出演となる田中正也さんのピアノ・ソロで、スクリャービン、プロコフィエフ、ハチャトリアンのソナタなどなどがプログラムされています。なにやら、クリスマス・プレゼントがあるのだとか?! 御用と御急ぎの無い向きは是非是非、大阪大学会館へ。


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コメント 2

yosshu0715

僕がインドネシアの音楽にどっぷりはまっていたのはもう高校生の頃でしょうか!!(笑)
バリから村ごとやって来た60人ほどの演奏者が奏でるケチャを3時間ほど堪能したことがあります!!(笑)
めっちゃ感動!!(笑)
いい思い出です!!(笑)

もちろんガムランの演奏もあり、今回の記事でその当時のことをすごく思い出しましたよ!!(笑)

しかし、こういったエスニックな音楽まで網羅するとはワンコインコンサート恐るべし!! (笑)
しかもワークショップまで!!(笑)
羨ましいです!!(笑)

by yosshu0715 (2016-12-07 21:51) 

JUN1026

ヨッシュさん、コメントありがとうございます。
「伝統芸能=クラシック音楽」という図式でしょうか。記事にもある通り、阪大を拠点に活動するガムラン・ユニットがあって、「ワンコイン」には2度目のご登場となります。
私も、ハマってしまって、今月からガムラン演奏家です(笑)。
by JUN1026 (2016-12-07 22:26) 

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