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百花繚乱?! お花尽くしで言祝ぐ七周年記念特別公演 [音楽のこと]

月に一度のお楽しみ、「ワンコイン市民コンサートシリーズ」も2012年05月18日開催の「第1回」以来、回を重ねて、今日が「第90回」を数え、めでたく七周年を迎えました。


栄えある周年記念公演といえば、そこにご出演されるのはこのお方。
ワンコイン市民コンサートシリーズ」のラスボス的存在(?!)、ピアニストで文筆家、ドビュッシー研究家としても知られる青柳いづみこさん。
2012年の記念すべき「第1回」が、ヴァイオリニストのクリストフ・ジェヴァニネッティさんとともにドビュッシーの未完成曲を考察する『知られざるドビュッシー 未完のオペラ「アッシャー家の崩壊」をめぐって』。
2013年の一周年記念の際は、松井るみさん(ソプラノ)、根岸一郎さん(バリトン)、藤波真理子さん(ピアノ)を招請し、かつてパリに在った文壇キャバレー「黒猫(Chat Noir)」を再現する『「黒猫」詩人たちとドビュッシー』。
2014年は11月にご出演(周年記念公演ではなかったのですが)、『ドビュッシー1914』と題して、ドビュッシーの創作活動の足跡を、百年後の今に再現。この時は、波多野睦美さん(メゾソプラノ・ナレーション)、瀬崎紀子さん(ピアノ)、あおやまあきらさん(アニメーション原画)、荻原哲先生(アニメーション制作・操作)という布陣での派手やかなステージング。
2016年の四周年記念特別企画は「高橋悠治+青柳いづみこデュオコンサート サティ、ラヴェル、ドビュッシー、そして高橋悠治 - 喪われた風景(Les sites perdus)」。パートナーに高橋悠治さんを迎え、会館常設のヴィンテージ・ピアノ1920年製Bosendorfer252にBosendorfer225をコラボレーションし、豪華な2台ピアノで近代フランス音楽に加えて高橋さんの自作曲をご披露。
2017年の五周年も高橋悠治さんとご一緒されて、『パリ1911-1913 青柳いづみこ+高橋悠治の気になる連弾』。ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」と「春の祭典」を作曲家自身による連弾アレンジメントで演奏。
昨年の六周年記念公演は、ドビュッシー作品を文学的に読み解く『ドビュッシーとパリの詩人たち』。いづみこさんのピアノに松井るみさんのソプラノと根岸一郎さんのバリトンが共演しての、あまり聴くことのない、ドビュッシーの歌曲集。

かくも青柳いづみこプロデュース公演は、毎回ゴージャスでデラックスでとびッきりスペッシャル!!
そして、今日の七周年記念特別公演

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今回のパートナーは、木琴奏者で文筆家の通崎睦美さん。
片や洋琴奏者で文筆家、片や木琴奏者で文筆家。鍵盤打弦楽器と鍵盤打楽器の共演は、「最強のモノ書きパフォーマー」によるセッションでもあって、嫋やかな女性お二方(って言うとセクハラになっちゃう?)とあって、テーマは「」。
桜は散って久しいですが、フジが初夏の風に揺れ、バラが咲いて、カーネーションが笑って、スズラン、リラ(ライラック)、カンパニュラ・・・、et cetera、花が溢れる花咲月の五月と「ワンコイン市民コンサートシリーズ」の七周年を言祝ぐような音楽会で、プログラムも百花繚乱の花尽くし。
ワンコイン市民コンサート」のウェブサイトで事前告知されていたものだと大クープランの「けし」から始まって、色んなお花の寄せ植え状態。合間合間に通崎睦美さんの持ちネタ「アマリリス・プロジェクト」の作品が挟まれて、ピアノ・ソロと木琴ソロ、お二人でのデュオがほぼ交互に並ぶような構成になっていたのですが・・・。

まずは(改めるまでもないのですが)、お二人のご紹介から。

青柳いづみこさんは・・・、
安川加壽子、ピエール・バルビゼの各氏に師事。フランス国立マルセイユ音楽院首席卒業。東京藝術大学大学院博士課程修了、学術博士。矢代秋雄、八村義夫、武満徹作品によるリサイタル「残酷なやさしさ」により、平成元年度文化庁芸術祭賞。演奏と文筆を両立させる稀有な存在として注目を集め、これまでリリースした14枚のCDが「レコード芸術」で特選盤となるほか、安川加壽子の評伝「翼のはえた指」で吉田秀和賞、「青柳瑞穂の生涯」で日本エッセイストクラブ賞、「六本指のゴルトベルク」で講談社エッセイ賞、CD「ロマンティック・ドビュッシー」でミュージックペンクラブ音楽賞を受賞。近著に「ドビュッシーのおもちゃ箱」(学研プラス)、「高橋悠治という怪物」(河出書房新社)、「ドビュッシー 最後の1年」(中央公論新社)。CDに「ドビュッシーの墓」(アール・レゾナンス)、「ドビュッシーの夢」「ドビュッシーとパリの詩人たち」(コジマ録音)。日本演奏連盟理事、日本ショパン協会理事。大阪音楽大学名誉教授、神戸女学院大学講師。

そして、通崎睦美さんは・・・、
1967年京都市生まれ。京都市立芸術大学大学院音楽研究科修了。常に作曲や編曲の委嘱を活発に行い、独自のレパートリーを開拓。ピアノ、ヴァイオリン、アコーディオン、箏、リコーダーを始めとする様々な楽器やダンスとのデュオ、マリンバ・トリオ、室内楽やオーケストラとの共演など、多様な形態で演奏活動を行っている。また、2005年2月、東京フィルハーモニー交響楽団定期演奏会(指揮/井上道義)で、木琴の巨匠平岡養一氏が初演した紙恭輔「木琴協奏曲」(1944)を平岡氏の木琴で演奏したことをきっかけに、その木琴と約600点にのぼる楽譜やマレットを譲り受けた。以後、演奏・執筆活動を通して木琴の復権に力を注いでいる。2018年4月には、ニューヨーク州立大学オスウィゴ校の招きで渡米。当大学をはじめニューヨーク州郊外の各地でコンサートやマスタークラスを行った。また、2000年頃よりアンティーク着物の着こなしが話題となり、コレクションやライフスタイルが様々なメディアで紹介されている。CDに「1935」「スパイと踊子」他、著書に『天使突抜一丁目』(淡交社)、『木琴デイズ 平岡養一「天衣無縫の音楽人生」』(第二十四回吉田秀和賞、第三十六回サントリー学芸賞(社会・風俗部門)受賞、講談社)他。

そんなお二方。一方はピアニストで文筆家。他方は木琴奏者で文筆家。「最強のモノ書きパフォーマー」によるセッションは名付けて、「フラワー・セッション」。
いづみこさんは雑誌『華道』でお花にまつわる連載をされておられて、「花の物語、花の音楽」にちなむCDブック上梓を計画中で、睦美さんは様々な日本の作曲家に「アマリリス」の編曲や作曲を依頼するプロジェクトを推進中。そのお二人が、お互いの花関連の楽曲を持ち寄って、タッグを組んでのステージ。

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特別記念公演もいつも通りに、大阪大学会館で、ワンコイン(¥500)で、14h30開場、15h00開演。
開場なって、ワタシがいつも通りにバルコニー席の怪人となってステージを見下ろすと、見慣れたBosendorfer252がその中央にドンと陣取って、木琴は下手隅に追いやられて、youtube用に撮影を担当しているカメラの視界からも見切れてしまって・・・??????
ハテナとクエスチョンマークが飛び交っていると、演奏順が変更になったとのことで、ステージ奥の大スクリーンに曲順変更のアナウンスメントが映されて・・・、


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フランソワ・クープラン: けし ☆
シリル・スコット: けし ☆
レーラ・アウエルバッハ: さくらの夢 ☆
ジェルメーヌ・タイユフェール: フランスの花々 ☆
伊左治直 : ルコウソウ ☆
高橋悠治:メッシーナの目箒(世界初演)☆
八村義夫 : 彼岸花の幻想 ☆
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
フランス民謡/鷹羽弘晃編: アマリリス〓
当摩泰久: アマリリス 〓
高橋悠治: 飼いならされたアマリリス ★
フランス民謡/野田雅巳編 : アマリリス〓
シリル・スコット: ロータスランド(クライスラー編)〓
西邑由記子: カプリッチョ・アマリリス ★
寺嶋陸也: アマリリス変奏曲 ★
松園洋二 : 鐘になったアマリリス〓
___________
〓木琴+ピアノ ☆ピアノソロ ★木琴ソロ


第1部は青柳いづみこさんのピアノ・ソロによる花尽くし。休憩を挟んだ第2部は「アマリリス」づくし、通崎睦美さんの木琴ソロとお二人でのデュオ。
双方のストーリー性に隔たりもあって、その世界観も自ずと異なり、ごっちゃになるとご来場のオーディエンスの方も途方に暮れちゃうのではないかというご配慮からすっきりとした構成に改まって、前半はBosendorfer252がステージ・センターを独占。納得!!

おフランスでお花と言えば、「アマリリス」より”ベルばら”・・・「ベルサイユのばら」やろ(?!)と思っちゃうのですが・・・、あッ、そう言えば、「フランスの花々(Fleurs de France)」の第3曲が『アンジュのばら(Rose d'Anjou)』でしたね。♪ バラは バラは 気高くゥ咲ァいィてェ~ ♪

刻限となって、Bosendorfer252が待機するステージに、まずは青柳いづみこさんがお独りでご登場されて、お花尽くしのプログラムで一番最初に咲く花は罌粟芥子けし♪ 赤く咲くのはけしの花ァ~ ♪

クープラン一家の大クープランことフランソワ・クープラン(Francois Couperin 1668年11月10日 - 1733年09月11日)作曲『クラヴサン曲集 第4巻 第27オルドル ロ短調(Quatrieme livre de pieces de clavecin 27e ordre, en si mineur)』より「けし(Les pavots)」。
フランス語のクラヴサン(clavecin)とは、ドイツ語でいうチェンバロ(Cembalo)、英語のハープシコード(harpsichord)と同じ、撥弦鍵盤楽器のこと。ピアノと内部構造、発音の仕掛けが違って、DNA的には近しいけれど、種族が異なり、(ハンマー)クラヴィーア~ピアノの発展とともに姿を消すことになる、旧い鍵盤楽器。
大バッハより先んじて鍵盤楽器のための曲集・・・それも膨大な数(220曲!!)を残しておられるのに、クープラン一族が繁栄し過ぎちゃって、しかも同じ名前(フランソワ)が何人もいて混乱を招いたことによるものか、研究の進んだ今では”大クープラン(Couperin le Grand)”と区別されているけれど、ややこしくしている間にバッハに追い越されちゃったのね、多分。
今日はクラブサンではなく、ヴィンテージ・ピアノBosendorfer252での演奏。

続けて2曲目は時代がう~んと飛んで、ついでにカレー海峡(ドーヴァー海峡)も飛び超えて、シリル・スコット(Cyril Meir Scott 1879年09月27日 ? 1970年12月31日)。
作風がちょっと似ていて、活動時期も重なるときがあって「the English Debussy(イギリスのドビュッシー)」と呼ばれたりもしたのだけれど、ドビュッシーがフランスに新しい音楽を齎したのと同様に英国楽壇に新風を呼び込んだ作曲家。詩人、作家としても活躍し、作曲数も超膨大(約400曲!!)。今回、その中から選ばれたのがピアノ独奏の小品「けし(Poppies)」。

同じ「けし」でも、「Les pavots」はなんとも雅びやかで、「Poppies」はどこかしら神秘的で東洋的な阿片を思わせる。それをインターバルを取らずに続けての演奏。煌びやかで愛らしい「けし」が毒を孕んで、それが滲み出してくるような・・・。花弁が落ちた後の、その実から染み出すアルカロイドに酔っちゃいそう。
演奏中ステージ奥のスクリーンにはお花のイメージが大写しされて、演奏後にはいづみこさんの解説も入ります。
けし」からアヘン。「オズの魔法使い」まで引用してのご解説。ドロシーちゃんがラリってる?! これを医学用語で、「けしからん!!」というのだよ(ウソですよ)。♪ Somewhere over the rainbow Way up high ♪やね。んン、やっぱりハイ(high)になってる?!

3曲目はさらに時代が下って現代の、レーラ・アウエルバッハ(Lera Auerbach 1973年10月21日 - )作曲「さくらの夢」。
バッハっていうからドイツ系かと思ったら、ソビエト連邦・チェリャビンスク出身のユダヤ系ロシア人。現在は亡命の末アメリカ在住なのだとか。ピアニストで、作曲家で、詩人でさらに美術家。
6歳でピアノリサイタルを開催、12歳にはオペラを作曲するなど幼少期から才能を遺憾なく発揮し、すでに多くの楽曲を世に出し、合わせて詩集も出版、作家としての活躍も高く評価されノーベル文学賞にノミネートされるマルチ・タレント。
彼女が2016年の来日時、『東京・春・音楽祭』に出演するに当たり、日本の桜の美しさに魅せられ、コンサートの前夜に思わず作曲したという自作曲が「さくらの夢」。
元は♪さくら さくら やよいの空はァ~♪の歌詞で知られる日本の古歌。シンプルなメロディに複雑なハーモニーを与えて、かなり大胆にリメイクしちゃったその楽曲を、レーラいづみこさんがご対談されたご縁からいづみこさんに託されたとのこと。
一斉に溢れかえるように咲いて、春疾風に追われて一斉に散って乱舞するTOKYO no SAKURA。その風景に鬼気迫るものを感じちゃったのかしらン。

4曲目は、桜散る現代の東京から近代フランスに戻って、「六人組(Les Six)」の紅一点、ジェルメーヌ・タイユフェール(Germaine Tailleferre 1892年04月19日 - 1983年11月07日)の「フランスの花々(Fleurs de France)」。
早熟の天才女流作曲家がものした、お花づくしで8曲組のピアノ独奏組曲。
その内訳は、「プロヴァンスのジャスミン(Jasmin de Provence)」、「ギュイエンヌのひなげし(Coquelicot de Guyenne)」、「アンジュのばら(Rose d'Anjou)」、「ラングドックの向日葵(Tournesol du Languedoc)」、「ルションのカモミール(Anthemis du Roussillon)」、「プロヴァンス高地のラヴェンダー(Lavandin de Haute-Provence)」、「ベアルンの朝顔(Volubilis du Bearn)」、「ピカルディの矢車菊(Bleuet de Picardie)」。
何かの折りに旅した南仏。そこで見たお花の印象なのでしょうか。それぞれに可愛らしいお花たち。
この人にしろ、先のシリル・スコットにしろ、多くの作品を残し、それらは佳曲でもありながら、早熟で息の長い割りに作風の変化がそれほど見られなかったせいか、代表曲と言えるものが無く、ちょっと蔑ろにされちゃって・・・。もう少し取り上げられてもいいと思うのだけど・・・。
バラ」はバラでも、ベルサイユじゃ無くて、アンジュに自生する野ばらなのね。

あんまり巫山戯ていると各方面からキツイお叱りを頂戴しそうで、今日は演目が多いのでチャッチャと進めますが、さて、ここからは未知の領域?

伊左治直(いさじ すなお 1968年 - )作曲「ルコウソウ」。
勉強不足で申し訳ありませんが、伊左治さんのことはよく存じ上げないうえ、「ルコウソウ」というお花も知りません。いづみこさんのご解説によると、いづみこさんが伊左治さんに何かお花に纏わる楽曲は無いかと打診したところ、これの譜面が送られてきたのだとか。
縷紅草(ルコウソウ)が5枚の花弁を持つ星型のお花ということで、5拍子で作られた、ちょっと風変わりな作品。

高橋悠治(たかはし ゆうじ 1938年09月21日 - )さんはいづみこさんと「ワンコイン市民コンサート」にもご出演されて、その演奏も拝聴させて頂いたのですが、流石に世界初演の「メッシーナの目箒」は(誰も)聴いたことが無い。
この作品は、いづみこさんが高橋さんにお花の楽曲を委託した際に、「出来るだけおどろおどろしい怖ろしげな曲にして欲しい」というリクエストに応えて、ジョヴァンニ・ボッカッチョ(Giovanni Boccaccio 1313年06月16日 - 1375年12月21日)の「デカメロン(Decameron)」を題材に作られたのだとか。大きなメロンじゃないよ(あッ、すいません)。
演奏前に楽曲解説が入って、演奏中はスクリーンを使ってストーリー(キーツ版の訳詞でしょうか)が語られます。そして・・・、
ボッカッチョ版はローマ時代のフィレンツェが舞台。それを中世のメッシーナに移しちゃったのはジョン・キーツ(John Keats 1795年10月31日 - 1821年02月23日)。
レイミア,イザベラ,聖アグネス祭前夜その他の詩(Lamia,Isabella,The Eve of St. Agnes and Other Poems)』に収められた「イザベラ、あるいは目箒の鉢(Isabella. or, The Pot of Basil.)」。ボッカッチョ版を(メッチャ長い)英語の物語詩に翻案。
そう、目箒は英語でBasil(バジル)、イタリア語ではBasilico(バジリコ)。バジルのお花を眼にする機会は少ないのだけれど、バジルを使ったジェノベーゼ・ソースならついさっきもランチに某カフェで「小エビとジャガイモのジェノベーゼ」を食してきたばかり。まさかそれが髑髏風味だったとは・・・。
金満家との縁組を兄たちに望まれた末娘のイザベラちゃんはこともあろうに使用人のロレンツォと恋仲。その恋慕は当然認められるはずもなく、彼女は大胆にもロレンツォの部屋へと忍んで行く。それを知った兄たちはその哀れな使用人を手に掛けてしまう。ロレンツォの亡霊に導かれて、イザベラちゃんは彼の亡骸が埋められた場所を掘り返し、全ては持ち帰れないからと首だけ切り落としてそれを大きな壺に隠し、見つからないように上から目箒を植えて、日毎夜毎その壺を抱えては涙を注ぐ・・・。
絵画の題材としてもよく取り上げられるロマンティックなお話しではあるのだけれど、乙女の涙で育ったというのなら目箒も本望でしょうが、シャレコウベから栄養分を得ていたとなったらシャレにもならない。
その悍ましい壺は兄たちに見つかり捨てられてしまい、イザベラちゃんは世を儚んで・・・。

そして、今日一番の驚き。その幽玄な楽曲の最後に物語詩の一節がアリアのごとく朗々と唄われて・・・。まさか、いづみこさんの歌が聴けるとは思ってもみませんでした。♪ To steal my Basil-pot away from me! ♪

第1部、いづみこさんのピアノ・ソロでの最後の演目は、八村義夫(はちむら よしお 1938年10月10日 - 1985年06月15日)作曲「彼岸花の幻想」。
プロフィールにもある通り、いづみこさんは八村さんに師事し、この楽曲も直伝、引き継いだのでしょう。
野辺の夕景でもあるのでしょうか。長く伸びた影の向こうで陽炎めいて物思わしげに揺れる彼岸花。戦ぐ度に湧き上がる、穏やかならざる予兆。抽象的であるようでいて、その情景が浮かぶような印象。

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15分の休憩の間にステージ・レイアウトが改められて、Bosendorferが少し奥に引っ込んで、一番いい場所を木琴に譲ります。

曲順変更された第2部は、多くの作出家(作曲家・編曲家)の手によって品種改良された「アマリリス」の品評会?

アマリリス(Amaryllis)」は、南米原産でヒガンバナ科ヒッペアストルム属の多年草。・・・でもあるのだけれど・・・。あらッ、第1部最後の「彼岸花」と縁続きに繋がっちゃうのね。
縁続きといえば、アマリリスの「ホンアマリリス」というお花もあって、「アマリリス」と似て非なるもの。アヤメ、カキツバタとハナショウブみたいな関係でしょうか。生物分類学の研究が進むにつれより詳細に区別されるようになって、ざっくり分けていた頃の名残りとごっちゃになって余計に混乱をきたしているような・・・。まァ、そんなことは今日のコンサートには関係ない?!

日本語の歌詞を付けたものを幼稚園で歌ったのか、小学校時分にリコーダーで演奏したのか、いつから知っているのかは忘れちゃって、今時の若いヒトの事情も知らないけれど、ある程度の年代以上なら、多分多くのヒトが諳んじることが出来るシンプルで親しみやすいメロディの唱歌と記憶しているのですが、元はフランス民謡で、一説によるとフランス国王ルイ13世のお作であるとかないとか。
ルイ13世(Louis XIII 1601年09月27日 - 1643年05月14日)は、父王アンリ4世が暗殺されたことで8歳にしてブルボン朝第2代フランス国王(在位1610年05月14日 - 1643年05月14日)に即位し、同時にナバラ国王ルイス2世ともなったお方。フランス史では外せないビッグ・ネームで、アレクサンドル・デュマ・ペールの小説『三銃士(Les Trois Mousquetaires)』では、一番偉いヒトなのにいいところがあまりなくて、ちょっと可哀想なお方?? 
政治・軍事のみならず芸術・文化にも精通していた(とされる)王様が作詞・作曲された楽曲のひとつが「アマリリス」?
その歌詞は、もちろん ♪ ラ・リ・ラ・リ・ラ・リ・ラ~ し・ら・べ・は・アマリリスゥ~ ♪ではなく、5月の晴天の下に薔薇が咲き、百合が咲き、どれもが皆美しいけれど、アマリリスが一番だと歌う。少々甘ったるくて、フランスらしいニュアンスも含む、大人向きで(?)意味深な内容。「ベルばら」の薔薇より、ブルボン朝の紋章にあしらわれた百合より美しい・・・って、いいのかそれで。
考えていなかったけれど、アマリリスも今が旬だったのですね。

おフランスでお花と言えば、「アマリリス」より”ベルばら”・・・「ベルサイユのばら」やろ(?!)・・・としつこいですか(??)、ルイ13世の時代、まだベルサイユ宮殿もなくて、「ベルばら」の舞台となるのは三代後、曾々々孫のルイ16世の御代でしたな。♪ バラは バラは ♪

最近の研究によると、バレエ・コミィク・ド・ラ・レーヌ(Ballet Comique de la Reine)で用いられた楽曲であるとか、アンリ・ギス(Henri Ghys)なる人物が作曲したのではないか疑惑もあって、ワタシが思うに、王様の肩を持つわけではありませんが、フランス国王がこんなに愛らしい曲を書き残したって方がメルヘンチックでいいじゃんとも思うのですが、まァ、王様が書き残した詩にギスが曲を付けちゃったのかも知れませんし、補筆なり改作、アレンジメントしちゃったものが広く知られるようになった・・・のかもしれません。あまり詮索しない方が、夢があって、いいような気もします。

通崎睦美さんの「アマリリス・プロジェクト」では、その愛らしい唱歌を木琴(+ピアノ)用に編曲、様々なヴァリエーションとして演奏しようという試み。

ステージに現れた睦美さんはアマリリス柄の衣装。と、その前に、木琴のことも気になるのですが・・・。
それはおいおいご説明があるとのことで。
まず最初にご披露されるのが、鷹羽弘晃(たかは ひろあき 1979年02月21日 -)さんによる編曲版。続けて、当摩泰久さんの編曲版を、どちらもピアノとともに演奏されます。
ルイ13世風の旋律が入っている・・・そうで、ということはギス版と2つあるということでしょうか。何れにしても、古典的な趣きを見せるかと思えば、ジャズィーなインプロヴィゼーションになったりと、耳に残る「アマリリス」は節々に見え隠れする程度?
木琴の音はコロコロと転がるように弾んでいながら、Bosendorferと意外なほどの調和を見せて、どちらが主体ということもなく渾然一体。木琴とピアノの美味しいところを余すところなく表現するアンサンブルの妙。

木琴奏者で文筆家、睦美さんによる「木琴物語り」は、木琴とマリンバの違いから。
起源はアフリカのシンプルな木製鍵盤打楽器・・・ということで、それがステージに登場し、お二人が即興演奏されたのですが、これはさすがに睦美さんが圧倒。
シンプルな木製鍵盤打楽器バラフォンは、鍵盤下にヒョウタンをぶら下げて共鳴管としたもの。ほぼほぼペンタトニック・チューニングで7つほどのキーが1列に並んだ形態・・・って、ワタシが最近ハマっているガムランの青銅製鍵盤打楽器とソックリじゃん!! 親戚筋でしょうか? ガムラン用にもガンバンという木製鍵盤打楽器があって、それは共鳴器こそつかないものの、鍵盤部はほぼ同じ。それがやがて、インドネシア付近は銅や錫などが豊富に産出することから、(めっちゃ重くて)頑丈な金属製になっちゃったのでしょう。
アフリカ起源が南米に渡ってクロマティック・スケールを与えられてマリンバへと進化する一方、アフリカから直接ヨーロッパに伝わってシロフォン(ザイロフォン、Xylophone)となったものもあって、こちらも後にはあらゆる楽曲に対応するように半音階な鍵盤構成になって、今ではシロフォン(木琴)とマリンバの見分けは・・・??
大体、ヴィブラフォンなり、グロッケンなり、鍵盤打楽器って種類が豊富過ぎ!! クラブサンからピアノとはまた違うDNAの伝承、遺伝。そのうち「楽器分類学」という分野が出来るんじゃないかしらン?!
見分けがつかなくなったけど、鍵盤の作りに違いがあって、木琴系は音が転がるように、マリンバ系はそれが伸びるように、設計されているらしい。音の成分が異なって、この辺のことを話し出すと、ジョゼフ・フーリエとかマラン・メルセンヌ、ダニエル・ベルヌーイなどのお説を紐解いて、ワタシの好きな分野なのだけど、2~3時間は掛かっちゃう。
でも、ね。
見分けがつきにくい楽器の音成分的なお話し。ワタシ的にはシンセサイザーでの音作りの参考になって超有益。
アフリカ産の鍵盤打楽器、叩いてみたいと思っちゃいました。

さて、演奏はまだまだ続きます。

次は木琴ソロで、高橋悠治作曲「飼いならされたアマリリス」。
ダレにどう飼育されたというのでしょうか、アマリリス。先の「目箒」と通じるような怪しさがあって、それはまるで「モザイク病」にかかったチューリップ? 17世紀のオランダのチューリップ・バブルや江戸期の変化朝顔みたく、ブレイクしちゃったアマリリス? 爛漫なイメージが消えて、ちょっとイビツで不気味な風情さえ醸して。音数は全然少なくてほぼ単旋律。で、もしかして変拍子? テンポが揺れているのか、感じる音価と違っているのか、捉えきれないんですけど。
異界のアマリリス・・・ですかね。

2時間掛ると仰言る鍵盤打楽器の解説を掻い摘んで。
睦美さんがお使いの木琴は、プロフィールにある通り、木琴の大巨匠、平岡養一(ひらおか よういち 1907年08月16日 - 1981年07月13日)さんから譲られたもので、1935年アメリカ・DEAGAN社製。それに改造を加えつつ、大切に使われた逸品であるそうな。
マエストロ平岡は、戦前に留学されたアメリカでラジオ番組に出演したことをキッカケにして人気に火がつき、その放送は4000回に及ぶも戦争のため帰国。終戦後はアメリカ国籍を取得し、日本とアメリカを行き来しながら精力的に活動を続けたスペシャリスト。彼が手塩に掛けたものを、彼の死後、睦美さんに託されたとのこと。
その音色は、共鳴管の効果でしょうか、ステレオのコーラスが効いているのかと思うほど、驚くほどの広がりをみせる。コツンと柔らかいなりにエッジの効いた鋭いアタックの後、それがふわっと拡散する感じ。音の波紋が眼に見えるような気さえします。
音域はわずかに3オクターブと半分。エクステンドベースを備えた94鍵のBosendorfer252の半分にも満たないのだけれど、間口はそのピアノより広く、睦美さんは身体ごと飛び跳ねるように移動しながらの演奏。
楽曲によって、多くのマレット(バチ)を使い分けられておられるようで、その材質による音の違いもご紹介頂きたいところでした。それはまた次の機会にでも、是非お願いいたします。

お二人での演奏に戻って、野田雅巳さん版の「アマリリス」とシリル・スコットロータス・ランド(Lotus land)」。
アマリリス」の方は、時折り原種の面影、片鱗を覗かせつつも、バイオ・テクノロジーで品種改良されて現代的な鑑賞種。
蓮の花の国」は、元々はピアノ独奏曲。それをフリッツ・クライスラー(Fritz Kreisler 1875年02月02日 - 1962年01月29日)がピアノとヴァイオリンのデュオとしたヴァージョンをピアノ+木琴での演奏。弦楽器のパートを鍵盤打楽器で演奏するので表情が変わるのは当然として、絃楽器のヴィブラートに変わる二本のマレットでのトレモロが耳をくすぐるようにも聴こえてなんとも心地いい。ヴァイオリンなら染み入るような旋律が、木琴だとそのコーラス感から包み込んでくれる印象で、それもまた心地いい。まさに、ロータス効果で蓮の葉に浮かぶ水滴のような音色。

西邑由記子さんが手掛けた「カプリッチョ・アマリリス」は木琴でのソロ。capriccioってことですから、気まぐれ、奇想曲仕立てってことなのでしょう。
マレット(バチ)を片手に2本ずつ、都合4本で音に厚みを出しながら、わずか42鍵を有効に使って、ピアノが2手10指で奏でるハーモニーとはまた違う、オープン・ハーモニーというか、開離した和声でゆったり響いて、これがまた気持ちいい。シンプルな「アマリリス」を豊かに歌わせつつ、各編曲家・作曲家が思い思いにアレンジメントされて、木琴の特性を活かしつつ、それぞれに個性を形作っているのが面白くて、同じ鍵盤楽器でも全く異なる表現。木琴やマリンバの演奏を聴いていると和声学の勉強になるんじゃないかなどとも感じました。

それは次に続く寺嶋陸也(1964年4月30日 - )さんの「アマリリス変奏曲」も同じ。単にヴァリエーションとするだけでなく、「木琴のための」と付けたいくらい、その楽器の特色を引き出して、音数より響き、メロディーとハーモニーとリズムが一体となってコロコロと躍動するアマリリス

コロコロといえば、松園洋二さんによる「鐘になったアマリリス」は、カランコロンと連打されるベル。こちらは「アマリリス」ではなく「ホンアマリリス(ベラドンナリリー、アマリリス・ベラドンナ Amaryllis belladonna)」のイメージでしょうか。これは木琴とピアノでの演奏でしたが、七周年記念公演プログラムの最後を締めくくるにふさわしいような、歓喜に満ちた曲調でした。まァ、お花尽くしと言いながら、前半は妖しいお花、毒っ気も多くて(?!)、少々陰鬱な印象もありましたから・・・??

アンコールは、いづみこさんのピアノ・ソロで「花の歌」と、デュオでの「そんなアマリリス」。出し惜しみ無しの「アマリリス・プロジェクト」づくし。
お花尽くしで彩られた七周年記念特別公演は、単に音楽会にとどまらず、文学やら植物分類学、音響工学、遺伝学にまで広がるような、興味深い内容でした。ヴァリエーションの妙味も堪能させて頂きました。

さて、次回は06月16日(日)。「ワンコイン市民コンサートシリーズ第91回」は二度目のご出演となるデュオ・ヴァンタパーネ、バイオリニストの白石茉奈さんとピアニストのマルティン・カルリーチェクさんによる『音楽は国境を超えて:チェコと日本』。息のあった演奏は、チェコと日本を繋ぐ愛の懸け橋。
14:30開場、15:00開演で、プログラムは以下の通り。


伊福部昭(1914-2006):ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928):ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
----------- 休憩 / Intermission ----------
三善晃(1933-2013):ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
ボフスラフ・マルティヌー(1890-1959):ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第1番


続く07月14日(日)の「第92回公演」は、『岩井美子ピアノリサイタル:闇をつつむ翳』。
モーツァルトシューマンヤナーチェクドビュッシーの作品を題材に、そこに潜む翳・・・謎を解明するとのことですが、その謎とは・・・。

いずれも「ワンコイン市民コンサート」のウェブサイトで予約受付中となっています。御用とお急ぎのない方は是非ぜひ。
ではまた、来月も大阪大学会館でお逢いしましょう。御免候へ。

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荻原哲

いつもながら的確な評論ありがとうございます。
by 荻原哲 (2019-05-19 08:00) 

JUN1026

萩原先生、コメントありがとうございます。
的確かどうかは分かりませんが、音楽の素晴らしさを言葉や文章で表す難しさ、とにかくライヴを観てくださいとしか言いようのない悔しさ。
もっと的確に表現出来るよう精進いたします。
by JUN1026 (2019-05-27 00:07) 

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