今さらに雪降らめやもかぎろひの・・・ [散歩・散走]
さて、今日も「京都アート探訪2019シリーズ(こんなタイトルでしたっけ?)」で、京都市内の美術館を2つ巡る街散歩。
午前中はFMOCA フォーエバー現代美術館で『草間彌生 永遠の南瓜展』を鑑賞し、午後はMOMAK 京都国立近代美術館で開催中の『世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて』を訪ねます。
午前中はFMOCA フォーエバー現代美術館で『草間彌生 永遠の南瓜展』を鑑賞し、午後はMOMAK 京都国立近代美術館で開催中の『世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて』を訪ねます。
昨年の秋、『没後50年 藤田嗣治展』を再訪した際(→記事参照)、早朝のお散歩を絡めて紅葉燃える東山界隈、音羽山清水寺へ詣でたのですが、その行き掛けに歩いた花見小路通(→記事参照)。そこで見掛けたのが、2018年05月03日から2019年02月28日を会期とする『草間彌生 永遠の南瓜展』が開催中のフォーエバー現代美術館。
通り掛かったのが07h00頃でオープンしているわけもなく、草間彌生と藤田嗣治、現代美術を2本立てとするのは少々ヘヴィーに過ぎて消化し切れない。
で、水玉南瓜の鑑賞は後日のこととして通り過ぎたのですが、近々閉館となるそうで、見逃すにはちょっと惜しい。
もう一方の『世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて』は、懇意にして頂いている方からチケットを頂戴して、そちらも会期終了が迫って来ている。
が、年末年始の休暇も明けて、一月〜二月はまたも「月月火水木金金」な忙しさ。なかなか再訪する時間が作れない。
で、(世間は)三連休の中日にえいやと飛び出して、少ない休日の有効活用に、早朝の街散歩も加えた欲張り京都歩きをプランニング。
・・・したところまでは良かったのですが・・・、
立春も過ぎて、二月十日だというのに、今朝の京都はまだまだ底冷えの中に在って、おまけに外に出てみると冷たく白いものがハラハラと風に舞って、春は名のみの風の寒さや。谷の鶯も鳴くどころか風邪を拗らせて泣いちゃうんじゃないかと思うほど。
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
春と聞かねば 知らでありしを
聞けばせかるる 胸の思いを
全く以って「早春賦」。其処此処から梅の便りも届いて、暦と心持ちは既に春。一層に気は急いて心は逸る。春雪もまた風情なりと、じっとしていられなくて、朝早くから祇園界隈の逍遥から脚を伸ばして東山。時間の許す限りの漫歩きからアート鑑賞に移ろうと・・・。
綿花を摘み取って風に撒いたかのような、所謂「牡丹雪」となった多少大きな雪片。「The Snow is Dancing(雪は踊っている)」の16分音符ほどの急わしさもなく、それが極遅い速度、重力の影響よりフワリと風に舞って、地表を白い天鵞絨敷きにしてしまうほどの降り様でもない。
その様を見て、淡雪が舞う風情より、その雪片が地面に触れた途端に溶けてしまう、そのアスファルトの表面温度は如何程かと気遣ってしまう。
雪雲の切れ間から覗く太陽や三日月を見て、それらと地球の位置関係を測りたくなってしまう。
・・・と付かぬ事を考えながらの漫ろ歩きは最初の目的地に。
まずは祇園さんこと八坂神社。
夏の「祇園祭」は日本三大祭りに数えられ、正月三が日の初詣参拝者数では伏見稲荷大社に次いで京都府内2位を占める。比較的アクセスしやすい所に在って、最近はインバウンドな方々も多く詰めかける一大観光スポット。
社伝によるとその歴史は古く、西暦656(斉明天皇2)年まで遡り、高麗より来朝した使節の伊利之が新羅国の牛頭山に座した素戔嗚尊を山城国愛宕郡八坂郷の地に奉斎したのが興りとされ、平安遷都以前からこの地に在ったことになっているが、一説には876(貞観18)年南都の僧円如が建立、堂に薬師千手等の像を奉安したのが始まりだとも言われる。
境内には多くの摂社、末社もあるので、その何れかが656年ごろから先にあって、876年にリニューアル、グランドオープンとなったのでしょうか。
1868(慶応4=明治元)年の神仏分離令までは牛頭天王、八王子、頗梨采女を御祭神とし、牛頭天王が祇園精舎の守護神であることから「祇園神社」、「祇園社」、「祇園感神院」と呼ばれ、それが今以て「祇園さん」と親しまれている由来。
それ以前、もっと旧い時代には「祇園天神」という呼び名があったというから、歴史の奥深さを感じさせてくれるところ。
「八坂神社」となってからは、御祭神も素戔嗚尊、その妻の櫛稲田比売命、その子らの八柱御子神(八島篠見神、五十猛神、大屋比売神、抓津比売神、大年神、宇迦之御魂神、大屋毘古神、須勢理毘売命)に改められはしたものの、信仰は廃れることなく続いている。
祇園さんというと、そのシンボルは四条通に向かって聳える西楼門・・・ではあるが、正式な”正面”は四条通から東に入ったところにある南楼門。そちらを潜ります。
手を切るほどに水の冷たさを感じさせる手水舎から振り返れば、本殿の前に建つ舞殿はまだお清めの最中。どうやら早い時間から結婚式が予定されているようで・・・。
天候はともかく、そのお陰もあって、まだ参拝者が少ないのが救い。厳かな静けさを贅沢に独り占め。
祇園さんは年中無休24時間開放されていて、若い頃には何度か足を運んでいました。その頃は辺りに気を配る余裕もなくて気付かなかったのだけど、手水舎以外にも、美人の誉れ高き宗像三女神がお祀りされた美御前社の脇には「美容水」と名付けられたご神水が湧いて、それを2、3滴頂いて肌につければ心から美しく磨かれる・・・のだとか・・・。「身も心も美しく」やて。飲んだら腹黒さも解消されるのでしょうか?
美御前社もリフレッシュ工事がなされ、「美守」や「美への開運を祈願する絵馬」なども用意されて、最近の社寺も女性を狙って(?)、縁結びと美容をフューチャー。
「美への開運」ってナニ?! とりあえず、美術鑑賞前ですから、拝んでおこう。
祇園界隈も水どころ。良水が得られるのでしょう。「祇園水」なる自動販売機まで置かれて・・・。昔はこんなの無かった、よねェ。
フォーエバー現代美術館へ向かうのですが、まだ少し時間が早い。で、まだ参拝客も疎らな安井金毘羅宮を抜けて、さらには建仁寺境内に遊んで、その塔頭、禅居庵境内の摩利支天堂へ。
摩利支天。威光、陽炎が神格化した古代インドの女神Marīcī。中国経由で来朝し、それ以降は三面六臂で七頭のイノシシの上に坐するお姿となって、開運・勝利のご利益があるという。
陽光や月光、ゆらゆらとたつ陽炎、自然の不思議な現象まで神格化しちゃうというのが面白い・・・というとバチがあたる?
シュリーレン現象に観るモヤモヤ・・・というと、有り難味が薄れちゃう?
確かにフシギではあるし、スピリチュアルめいた雰囲気も醸すが、信仰の奥にある科学と力学、やっぱりちょっと面白い。
「陽炎」は夏場によく見掛けるけれど、儚さも表現する春の季語。今日のお天気的には「今さらに雪降らめやもかぎろひの燃ゆる春へとなりにしものを(作者不詳・万葉集)」ですけど・・・。
そんなことより、そう、イノシシ。今年は猪年。
摩利支天が七頭のイノシシを従えておられるということで、こちらは狛犬に変わって狛猪。差し向かえになっているのが3組と、御水屋を見守るように小さなイノシシ。ズングリと丸いフォルムがカワイイ。意外に鼻が高いのね。
御水屋の 薄氷(うすらい)に梅 紅く映え(まァ、絶えず水の流れる御水屋が凍ることは稀れでしょうし、ここには梅はないのだけれど)
ヘタな句を詠んでるうちにいい刻限。そろそろ草間彌生さんに逢いに行きます。
通り掛かったのが07h00頃でオープンしているわけもなく、草間彌生と藤田嗣治、現代美術を2本立てとするのは少々ヘヴィーに過ぎて消化し切れない。
で、水玉南瓜の鑑賞は後日のこととして通り過ぎたのですが、近々閉館となるそうで、見逃すにはちょっと惜しい。
もう一方の『世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて』は、懇意にして頂いている方からチケットを頂戴して、そちらも会期終了が迫って来ている。
が、年末年始の休暇も明けて、一月〜二月はまたも「月月火水木金金」な忙しさ。なかなか再訪する時間が作れない。
で、(世間は)三連休の中日にえいやと飛び出して、少ない休日の有効活用に、早朝の街散歩も加えた欲張り京都歩きをプランニング。
・・・したところまでは良かったのですが・・・、
立春も過ぎて、二月十日だというのに、今朝の京都はまだまだ底冷えの中に在って、おまけに外に出てみると冷たく白いものがハラハラと風に舞って、春は名のみの風の寒さや。谷の鶯も鳴くどころか風邪を拗らせて泣いちゃうんじゃないかと思うほど。
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
春と聞かねば 知らでありしを
聞けばせかるる 胸の思いを
全く以って「早春賦」。其処此処から梅の便りも届いて、暦と心持ちは既に春。一層に気は急いて心は逸る。春雪もまた風情なりと、じっとしていられなくて、朝早くから祇園界隈の逍遥から脚を伸ばして東山。時間の許す限りの漫歩きからアート鑑賞に移ろうと・・・。
綿花を摘み取って風に撒いたかのような、所謂「牡丹雪」となった多少大きな雪片。「The Snow is Dancing(雪は踊っている)」の16分音符ほどの急わしさもなく、それが極遅い速度、重力の影響よりフワリと風に舞って、地表を白い天鵞絨敷きにしてしまうほどの降り様でもない。
その様を見て、淡雪が舞う風情より、その雪片が地面に触れた途端に溶けてしまう、そのアスファルトの表面温度は如何程かと気遣ってしまう。
雪雲の切れ間から覗く太陽や三日月を見て、それらと地球の位置関係を測りたくなってしまう。
・・・と付かぬ事を考えながらの漫ろ歩きは最初の目的地に。
まずは祇園さんこと八坂神社。
夏の「祇園祭」は日本三大祭りに数えられ、正月三が日の初詣参拝者数では伏見稲荷大社に次いで京都府内2位を占める。比較的アクセスしやすい所に在って、最近はインバウンドな方々も多く詰めかける一大観光スポット。
社伝によるとその歴史は古く、西暦656(斉明天皇2)年まで遡り、高麗より来朝した使節の伊利之が新羅国の牛頭山に座した素戔嗚尊を山城国愛宕郡八坂郷の地に奉斎したのが興りとされ、平安遷都以前からこの地に在ったことになっているが、一説には876(貞観18)年南都の僧円如が建立、堂に薬師千手等の像を奉安したのが始まりだとも言われる。
境内には多くの摂社、末社もあるので、その何れかが656年ごろから先にあって、876年にリニューアル、グランドオープンとなったのでしょうか。
1868(慶応4=明治元)年の神仏分離令までは牛頭天王、八王子、頗梨采女を御祭神とし、牛頭天王が祇園精舎の守護神であることから「祇園神社」、「祇園社」、「祇園感神院」と呼ばれ、それが今以て「祇園さん」と親しまれている由来。
それ以前、もっと旧い時代には「祇園天神」という呼び名があったというから、歴史の奥深さを感じさせてくれるところ。
「八坂神社」となってからは、御祭神も素戔嗚尊、その妻の櫛稲田比売命、その子らの八柱御子神(八島篠見神、五十猛神、大屋比売神、抓津比売神、大年神、宇迦之御魂神、大屋毘古神、須勢理毘売命)に改められはしたものの、信仰は廃れることなく続いている。
祇園さんというと、そのシンボルは四条通に向かって聳える西楼門・・・ではあるが、正式な”正面”は四条通から東に入ったところにある南楼門。そちらを潜ります。
手を切るほどに水の冷たさを感じさせる手水舎から振り返れば、本殿の前に建つ舞殿はまだお清めの最中。どうやら早い時間から結婚式が予定されているようで・・・。
天候はともかく、そのお陰もあって、まだ参拝者が少ないのが救い。厳かな静けさを贅沢に独り占め。
祇園さんは年中無休24時間開放されていて、若い頃には何度か足を運んでいました。その頃は辺りに気を配る余裕もなくて気付かなかったのだけど、手水舎以外にも、美人の誉れ高き宗像三女神がお祀りされた美御前社の脇には「美容水」と名付けられたご神水が湧いて、それを2、3滴頂いて肌につければ心から美しく磨かれる・・・のだとか・・・。「身も心も美しく」やて。飲んだら腹黒さも解消されるのでしょうか?
美御前社もリフレッシュ工事がなされ、「美守」や「美への開運を祈願する絵馬」なども用意されて、最近の社寺も女性を狙って(?)、縁結びと美容をフューチャー。
「美への開運」ってナニ?! とりあえず、美術鑑賞前ですから、拝んでおこう。
祇園界隈も水どころ。良水が得られるのでしょう。「祇園水」なる自動販売機まで置かれて・・・。昔はこんなの無かった、よねェ。
フォーエバー現代美術館へ向かうのですが、まだ少し時間が早い。で、まだ参拝客も疎らな安井金毘羅宮を抜けて、さらには建仁寺境内に遊んで、その塔頭、禅居庵境内の摩利支天堂へ。
摩利支天。威光、陽炎が神格化した古代インドの女神Marīcī。中国経由で来朝し、それ以降は三面六臂で七頭のイノシシの上に坐するお姿となって、開運・勝利のご利益があるという。
陽光や月光、ゆらゆらとたつ陽炎、自然の不思議な現象まで神格化しちゃうというのが面白い・・・というとバチがあたる?
シュリーレン現象に観るモヤモヤ・・・というと、有り難味が薄れちゃう?
確かにフシギではあるし、スピリチュアルめいた雰囲気も醸すが、信仰の奥にある科学と力学、やっぱりちょっと面白い。
「陽炎」は夏場によく見掛けるけれど、儚さも表現する春の季語。今日のお天気的には「今さらに雪降らめやもかぎろひの燃ゆる春へとなりにしものを(作者不詳・万葉集)」ですけど・・・。
そんなことより、そう、イノシシ。今年は猪年。
摩利支天が七頭のイノシシを従えておられるということで、こちらは狛犬に変わって狛猪。差し向かえになっているのが3組と、御水屋を見守るように小さなイノシシ。ズングリと丸いフォルムがカワイイ。意外に鼻が高いのね。
御水屋の 薄氷(うすらい)に梅 紅く映え(まァ、絶えず水の流れる御水屋が凍ることは稀れでしょうし、ここには梅はないのだけれど)
ヘタな句を詠んでるうちにいい刻限。そろそろ草間彌生さんに逢いに行きます。
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