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モスクワからの響き [音楽のこと]

今年最初、本日の「ワンコイン市民コンサート」はチェロピアノデュオ・リサイタル
大阪大学会館には初のお目見えとなるチェリスト、Yuran(ユーラ)さんとワンコイン市民コンサート・アーティストとしてお馴染みのピアニスト、沼沢淑音(ぬまさわよしと)さんの共演で、副題が『モスクワからの響き』。
ロシアン・テイスト、モスクワ風味溢れる楽曲がご披露されるのでしょうか。それとも・・・?!


2019年の幕開けとなる「ワンコイン市民コンサートシリーズ第86回公演」は『モスクワからの響き』・・・ですが、取り上げられる楽曲がロシア音楽というわけでもなく、演奏家二人がモスクワから来日されたわけでもなく、そのお二方の履歴に由来するタイトル。

初出演のYuran(ユーラ)さんは、

ソウル生まれ。9歳よりモスクワ音楽院付属中央音楽学校に入学、外国人史上初正規ディプロムを取得。2009年チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院卒業。同大学大学院博士課程修了。音楽芸術博士号(DMA)を最高点で取得。ブルバード国際コンクール(ウクライナ)第3位及び特別賞。アジムス国際コンクール (イタリア) 第3位。ロシアガイダモーヴィチ国際コンクール(ロシア)第2位。現在活動拠点を日本に移し、ソロを中心に幅広く活躍中。また、Yuran Cello Lyceumを主宰し、音楽指導も精力的に行っている。G. ズーバレヴァ、K. ロージンに師事。 V. バルシン(ボロディン四重奏団)、N. コーガン、 A. ボンドゥリャンスキー(モスクワ・ トリオ)に室内楽を師事。

という経歴をお持ちのチェリスト。

一方、B-tech Japan Osakaでの特別公演とその追加公演を含めて、過去に4回の出演歴を持つ沼沢淑音(ぬまさわよしと)さんは、蛇足ながら、

神奈川県伊勢原市に生まれ5歳よりピアノをはじめる。小学校、中学校時に全日本学生音楽コンクール東京大会で第2位受賞。2007年にNHK FM「名曲リサイタル」に出演。2010年に崎谷直人・新倉瞳両氏とのハイドン・メンデルスゾーンのピアノ・トリオのCDが発売され、レコード芸術誌に掲載される。
2004年「第5回若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクール」で第3位を受賞。2009年「マウロ・パオロ・モノポリー国際ピアノコンクール」で第3位を受賞。2013年「第3回アルフレッド・シュニトケ国際コンクール」で優勝。2014年「ケルン国際音楽コンクール」で第3位受賞。2015年「ポッツォーリ国際ピアノコンクール」で優勝。
これまでに日本国内各地、スペインのシグエンサでの音楽祭、ドイツ、イタリア、ロシア、ベラルーシ、中国等で演奏。外山雄三指揮による仙台フィルハーモニー管弦楽団、沼尻竜典指揮によるアンサンブル金沢と共演、アナトリー・レービン指揮のロシアシンフォニーオーケストラと共演等国内外多数オーケストラと共演。
桐朋女子高等学校音楽科(男女共学)ピアノ科を首席で卒業、あわせて桐朋学園音楽部門より特別奨学金を授与される。杉安礼子、故ウラジーミル・竹の内、辻井雅子、佐藤辰夫、広瀬康、野島稔、ミハイル・カンディンスキーの各氏に師事。桐朋学園大学ソリスト・ディプロマを経て公益財団法人ロームミュージックファンデーションの奨学生としてモスクワ音楽院でエリソ・ヴィルサラーゼ氏に師事、卒業。日本での活動、胎動開始中。

と、改めるまでもないプロフィール。
過去には、「シリーズ第50回幻想・Fantasie・ファンタジー』(2016年01月30日→記事参照)」、「Ad hoc スペシャルコンサート星のさざめき』(2017年03月25日→記事参照)」、「同追加公演(2017年04月16日→記事参照)、「シリーズ第74回オルフェウスの竪琴:冥府に響く音』(2018年02月18日→記事参照)」とご出演を重ね、その何れもがピアノ独奏で、強いて言えば、大阪大学会館常設の1920年製Bösendorfer252B-tech Japan Osakaご自慢の1989年製Bösendorfer Model290 Imperialとの共演でしたが、今日はヴィンテージ・ベーゼンドルファーと共にチェリスト、Yuranさんを迎えてのデュオを初披露してくださいます。

さて、タイトルの由来、お二方の共通項は、モスクワ音楽院で研鑽を積まれたこと。

モスクワ音楽院こと世界三大音楽院のひとつ、チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院(Московская государственная консерватория имени П. И. Чайковского / Moscow Tchaikovsky Conservatory)は、サンクトペテルブルク音楽院の創設者でもある作曲家、ピアニスト、指揮者のアントン・ルビンシテインの弟で、やはりピアニスト、作曲家、指揮者、音楽教育者として活躍したニコライ・ルビンシテインによって1866年に創設された音楽学校。
ニコライと極々親しかったピョートル・イリイチ・チャイコフスキーもサンクトペテルブルク音楽院で学び、モスクワ音楽院の理論講師として教鞭を執り、第1回チャイコフスキー国際コンクールも同院で開催されたご縁から、1940年のチャイコフスキー生誕100周年を記念して、正式名称も彼の名を戴くことになる。チャイコさんが開いたわけではないのね。
その運営は国に移管されて、付属中央音楽学校が創設されるなど、規模が拡大。
長い歴史の中で、旧くはアレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービンセルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフ(二人は同級であったそうな)などなど多くの音楽家を輩出、ウラディーミル・ダヴィドヴィチ・アシュケナージワレリー・パヴロヴィチ・アファナシエフムスティスラフ・レオポリドヴィチ・ロストロポーヴィチスヴャトスラフ・テオフィーロヴィチ・リヒテルなどなど著名な卒業生を列記するとえらいことになりそうな。その一部は同校の教授、講師として後進の指導にも当たり、ルビンシテイン兄弟やチャイコフスキーの遺志を今に伝えているのでしょう。
そういえば、昨年12月の「第86回公演作曲家の懐具合』(→記事参照)」でソロ・ピアノをご披露くださった田中正也さんも卒業生のひとり。
もちろん、本人の資質に拠るところが大きいのでしょうが、同じモスクワ音楽院にあっても、多くのクラスがあって、師事する先生が異なれば、その指導法も違ってくるのでしょう。そこから授かるものも違うでしょうね。

btw. 事前告知によるとプログラムは、

J.S. バッハ:「オルゲルビュヒライン(オルガン小曲集)」より『コラール前奏曲「主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる」BWV639
L.v. ベートーヴェン:「チェロとピアノのためのソナタ 第3番 イ長調 作品69
E. グリーグ:「チェロとピアノのためのソナタ イ短調 作品36

と、何れもよく知られた作品ではあるものの、ロシアの露の字も見られない、モスクワとの関わりが全然感じられない楽曲ばかり。これらでどう『モスクワからの響き』を表現されるのでしょうか?
そこがお二人の聴かせどころでもあり、ワタシたちは耳の穴かっぽじって感じ取らなきゃいけないものが秘められているということなのでしょうね。

OCCA86.jpg

で、15:00開演。ステージ上のBösendorfer252の前、ベンチにヨシトさんがスタンバイし、そのすぐ傍らの椅子にユーラさんがチェロを構えたところから注目、注耳(?)。

コラール前奏曲「主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる」BWV639』は「オルゲルビュヒライン(オルガン小曲集)」の中の1曲で、コラール・・・ルター派賛美歌に添えられるプレリュード。祈りの歌を捧げましょうという時に、その気分を高めるために教会付属のオルガンで演奏された前奏曲なのですが、その静謐な美しさから、ピアノ独奏で演じられることも多い作品。

そう言えば、旧ソビエト連邦時代の映画、アンドレイ・タルコフスキー監督作品『惑星ソラリス』に、作曲家エドゥアルド・ニコラエヴィチ・アルテミエフがシンセサイザー・・・電子楽器で演奏したヴァージョンがサウンドトラックスとして添えられていましたね。調べてみたら、アルテミエフさんもモスクワ音楽院のご出身じゃあないですか!?
映画自体は少々眠たい内容・・・だったかと記憶しているのですが、バッハをシンセサイザーで演奏しちゃうという暴挙(?!)が面白くて、YAMAHAのMSXパソコンを手に入れた際にエレクトーンやシンセサイザーと接続、コンピュータに自動演奏させたのが想い出されます。当時はコンピュータのスペックがプアで、大部な楽曲は打ち込み出来なかった・・・なんて、ワタシの想い出はどうでもよろし。

バッハの心、魂をかけた神への祈りが聞こえる”とは、パンフレットに記されたユーラさんの言葉。
その想いの通り、彼の容貌を裏切らない、祈りを感じさせる優しげで軽やかな音色。ユーラさんのチェロが唄う賛美歌に控えめに和声を添えるピアノは教会の石壁越しに聴こえてくる鐘の音のようでもあって、祭壇の前に跪坐く乙女の姿が眼に浮かぶ・・・ような。
チェロが比較的柔らかい”(乙女の?)祈りの言葉”を演じるのに対して、ピアノはちょっと硬質。エッジが効いた、輪郭のはっきりした音色。それが遠く、高い鐘楼から響いてくるように憶えて・・・。
チェロが主旋律だからと張り切っちゃったら、乙女は幾分かヒステリックになっちゃう?!
テンポ、速度の変化も心地よくて、トリルやヴィブラートも過不足なくて良い塩梅。ずっと耳を傾けていたいと思う間も無く終わっちゃうのが惜しいような。いっそ、お二人のチェロ&ピアノで「オルゲルビュヒライン」全曲とまでは言わないけれど、「コラール前奏曲」を幾つか聴いていたいと感じるほど、僅か2分ちょっとの間に惹き込まれてしまいました。

その余韻に浸る間もなくベートーヴェンチェロソナタ 第3番」。
パパ・バッハの「無伴奏チェロ」が”バイブル”とされるように、ベートーヴェンの「チェロソナタ」は何れも”チェロの新約聖書”と呼ばれ、就中「第3番」は楽聖さまが一番脂の乗った、いわゆる”傑作の森”に在る作品。
それをユーラさんは、”作曲家の意図を正確に表現することにより、作品の完成度が増し、魅力が光を放つ”と解釈しておられる。
大体、ピアノの前(客席側)にチェリストが位置するし、「チェロソナタ」と呼称されるとチェロが主で、ピアノが従かと感じちゃうのですが、本来は「チェロとピアノ」あるいは「チェロと鍵盤楽器」のための「ソナタ」で、ベートーヴェン以前はどちらかというとピアノ(鍵盤楽器)が主。まだ完成に至らないフォルテピアノやクラヴィーアが主奏し、「ヴァイオリンやチェロの伴奏付きキーボードソナタ」であったものを楽聖さまは自身キーボードのヴィルトゥオーソとしての名声に加えて作曲家としての栄達を求めてか、それまで伴奏楽器であったヴァイオリンやチェロに重責を押し付けちゃって、協奏曲みたく複雑な構成にしてしまったのが、彼の「ヴァイオリンソナタ」や「チェロソナタ」。
有名な「クロイツェルソナタ」こと「ヴァイオリンソナタ 第9番 イ長調 作品47」は、ベートーヴェンが『ほとんど協奏曲のように、相競って演奏されるヴァイオリン助奏つきのピアノソナタ(Sonata per il Pianoforte ed uno violino obligato in uno stile molto concertante come d’un concerto)』とタイトルしたほど。その5年後に作られた「チェロとピアノのためのソナタ 第3番 イ長調 作品69」もその延長線上。
パパ・バッハの「無伴奏」を別にすれば、それまで殆ど地味に”通奏低音”を担っていたチェロを・・・当時はそんなものは無かったのですが・・・スポットライトの当たる位置に押し出しちゃった「ソナタ」。パパ・バッハも、神童モーツァルトも、ハイドン先生も「チェロソナタ」は書いていないことを考えると、これら楽聖ベートーヴェンの「ソナタ」が”チェロの新約聖書”と呼ばれる所以なのでしょう。
何しろ、一等最初、第1楽章の冒頭はチェロのソロから始まるし、当時のチェリストは嬉し恥ずかし、さぞや複雑な心境で演奏したことでしょう、多分。
昔のことはいざ知らず、「チェロソナタ 第3番」の名盤とされているのは、ムスティスラフ・レオポリドヴィチ・ロストロポーヴィチスヴャトスラフ・テオフィーロヴィチ・リヒテルによる演奏。このお二方ともモスクワ音楽院の卒業生。5曲作られたベートーヴェンの”チェロの新約聖書”を全集としてレコーディングされておられます。
ユーラさんとヨシトさんも参考にされたのでしょうか。でも、50年も前の録音とは解釈も演奏法もかなりニュアンスが違うと感じられます。ロストさんとリヒテルさんのコンビが重厚で豪快なら、ユーラヨシトは軽快でスマート。弱々しいわけでもないのだけれど、時代の流れ、イマドキっぽい感覚でしょうか。「相競って演奏されるソナタ」が、丁々発止と競り合うより、「molto concertante」・・・"とても協奏”し、寄り添い合っているように感じられました。競奏か、協奏か。
チェロというと、通奏低音を担当するくらいですから、低音の魅力はいうまでもないのですが、ユーラさんはそのチェロを存分に歌わせたいからか第1弦(A線)が伸びやかで、それにトリルやヴィブラートが施されると甘口ではあるのだけれど、切ない美声となってなんとも耳に心地いい。

それは休憩を挟んだ後半に演奏されたグリーグチェロとピアノのためのソナタ イ短調 作品36」でも聴かれて、”夢や感性が満ち溢れ、自由に動き回る曲。美しい旋律が随所に現れ、演奏者である私の意思をたくさん入れられる作品”とコメントを寄せておられる通り、高らかに甘美な歌声が伸び広がって、如何にもロマンティーク。
すでに傑作を幾つか輩出した後のグリーグが、チェロを嗜んだという兄のために、それまでのヒット曲の美味しいところだけをギュってコラージュしたような作品。
ユーラヨシトはさすがに兄弟のようとまでは言いませんが、時折りアイコンタクトを取りながら、競奏より協奏、寄り添いながらも、躍動的なメロディーとロマンティークなハーモニーを織り成して、もう、ねェ、ロシアン・テイストだとかモスクワ風味だとかを度外視、ユーラヨシトの「協同連係」な演奏。

アンコールになるのでしょうか。その後、フレデリック・ショパンの「チェロソナタ ト短調 作品65」から「第3楽章」、「シチリアーナ」などなど小品が4つも披露されて、存分に堪能させて頂きました。平日に有給休暇まで取って、待兼山まで来た甲斐があったというもの。

全ての演奏後にインタヴュウ。彼らが育って巣立ったモスクワ音楽院の紹介かたがた、彼らの恩師やそこでのレッスンなどについてのお話し。モスクワ留学を考えている若い方々にこそ聞かせたい?
で、『モスクワからの響き』に話しは及んで、”自然の中に在る音楽”云々ということだったようですが・・・。飾らず、造り過ぎずということでしょうか。息遣いが感じられる音楽を目指せということでしょうか。
ワタシの思うには、ドイツやオーストリア風の(ちょっとお堅い)ロジカルでテクニカルな要素と、フランス風のアンニュイとニュアンス、その両方をお手本としつつ、双方のいいとこ取りをしたスタイル。でもないか?!
その確認のためにも、重ねてのご出演を願うばかり。ユーラさんのソロも聴いてみたいです。

さて、次回、2月の公演は・・・。

ポスト・バレンタインズデー・コンサート』。「若手フレッシュアーティストたちによるピアノリサイタル」となって、9名のうら若きピアニストが1920年製Bösendorfer252と向き合います。
大西 和香(おおにし のどか)さん:プロコフィエフソナタ第3番「古い日記帳から」
藤村 星奈(ふじむら せいな)さん:プロコフィエフ風刺(サルカズム)
徳永 紗絵子(とくなが さえこ)さん:ベートーヴェンピアノソナタ第26番「告別」より第2、3楽章
澤田 愛音(さわだ あかね)さん:サン=サーンスアレグロ・アパッショナート
梅井 美咲(うめい みさき)さん:梅井美咲自作自演
久保 英子(くぼ はなこ)さん:ラフマニノフ:「楽興の時」より
林田 彩愛(はやしだ さえ)さん:三善晃ソナタより第2、3楽章
田村 果林(たむら かりん)さん:ショパンバラード第1番
須鎗 幹子(すやり みきこ)さん:リストバラード第2番
というプログラムになります。

開催はヴァレンタインデーではなく、02月22日(金)。こちらも金曜日となりますが、時間は、開場14:30、開演15:00。
平日ではありますが、御用とお急ぎのない方は是非ぜひ・・・ということで、絶賛予約受付中。

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Ogihara Satoshi

中口さん、よく分析されていますね。私はYuranのBeethovenにびっくりしました。中口さんが乙女的という意味よくわかります。彼はよく歌うしとても詩的ですね。デリカシーと悲しみのスパイスかな。世の中にゴリゴリと弾くチェリストが多い中で、Yuranのチェロは特別だったと思います。Yoshitoのピアノはソロの時と違ってティオニソス的。狂気とまでは行かないがGriegはとても鬼気迫るものがあり、至極感心しました。素晴らしいレビューありががとうございます。

by Ogihara Satoshi (2019-01-21 13:50) 

JUN1026

萩原先生、コメントありがとうございます。
Yuranさんのチェロはよく歌って、技巧に走る演奏家が多い中、本当に音楽的で詩的で素敵でした。バルコニーで聴いている限り、甘く切ない音色が特別でした。
ヨシトさんもソロの時とは印象が違ってちょっと驚きましたが、二人のアンサンブルは、バッハとベートーヴェンとグリーグのそれぞれで表情、表現も異なって、ある意味デモーニッシュですらあったと感じます。
それを上手くレヴュー出来ないのが悔しいくらいです。
by JUN1026 (2019-01-21 22:29) 

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