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大阪クラシック2017 特別企画 『クラシック&能』 [音楽のこと]

本日最後に訪ねるのは、弦楽四重奏能楽がコラボレーションするちょっと珍しいステージで、会場となるのが大阪能楽会館。能楽師・大槻祐一さんと、大阪フィルハーモニー交響楽団から黒瀬奈々子さん(Vn)、宮田英恵さん(Vn)、岩井秀樹さん(Va)、石田聖子さん(Vc)がご出演される。
血中仏蘭西人濃度の高いワタシも日本に暮らしてウン十年。とはいえ、邦楽や日本の伝統芸能についてはぜんぜん勉強不足。耳に馴染んだ西洋音楽と不案内な日本文化のフュージョンを目の当たりにすべく、大阪能楽会館へ参りましょ。


それまで「第48公演(大阪市中央公会堂)」、「第50公演(大阪市立科学館)」を拝見するために中之島にいたのですが、そこから「特別公演」の会場となる大阪能楽会館までは約2㎞。電車やバスを使うにも中途半端。能楽堂へはヘリコプターとか小型ジェット機をチャーター・・・って、これではナントカ流の狂言師?

午後のお茶で時間調整してから、クルマを拾って能楽会館に着いたのが18:00。
開場が18:15、開演が18:45。
この公演は全席指定で、事前にチケットは手に入れてあるので慌てることはない。夕闇迫る中、会館前の道路に佇んでいると、そこに次から次へとタクシーが停車。この公演をお目当ての方々がひっきりなし。関西能楽の動静はよく存じませんが、会館開設以来の賑わいではないかと思えるほどで、狭い道路に行列が出来てしまう。前売券は早々に完売しているとのこと。

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開場となって、入場を許される。
全席指定で、一階は本舞台を囲むようにL型に配置された椅子席。二階には桟敷席が用意されている。ワタシのお席は「一階は列32」。いろはの”は”の字で前から三列目、本舞台の正面、老松が描かれた鏡板を前面に見て、目付柱の真ん前辺り。ここなら本舞台橋懸も抜かりなく拝見することが出来る。
館内は撮影・録画禁止とのことであったが、知らずに1枚撮ってしまいました。すいません。

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鉄筋コンクリートの建物内にあるとはいえ、屋根まで戴く、常寸京間三間四方(36㎡)総檜造りの能舞台。その周りには白州。異世界感がハンパなくて、少なからず緊張を覚える。
その舞台の中央・・・正中には緋毛氈が敷かれ、純和風な譜面台とスツール(?)が4組置かれて、ここで弦楽カルテットが演奏するらしい。
事前に配布された公式パンフレットや公式ホームページでは、この公演での演目は「ヒンデミット弦楽四重奏曲 第7番 ホ長調 ほか」となっていて、その楽曲と能がコラボレーションするのか、能楽用に別の楽曲が用意されるのかが分からなかった。
入場時に手渡されたプログラムによると、前半にカルテットでの演奏が2曲、後半が能楽との共演となっている。

眼を凝らして、鏡板に描かれた老松や舞台の設えを観察していると、そろそろ開演のお時間。

五色の揚幕が引き上げられて、幕口から大阪フィルハーモニー交響楽団の弦楽器奏者4人がしずしずと、しずしずと橋懸を歩んでくるが・・・。
黒一点のヴィリスト、岩井秀樹さんは、シャツこそ白いものの、黒いタキシードにブラック・タイ。女性お三方・・・黒瀬奈々子さん(Vn)、宮田英恵さん(Vn)、石田聖子さん(Vc)は何れも黒いブラウスに黒のロングスカートまたはワイドパンツ。黒子のような黒づくめ・・・と思いきや、それが能舞台でのお作法なのか、4人とも真新しげな白足袋着用。何方も、普段にも増して、緊張の面持ち。

前半は弦楽四重奏2題。
ウォルガング・アマデウス・モーツァルトアダージョとフーガ ハ短調 K.546」からプログラムが始まる。
厳かで味わい深い、どこかパパ・バッハを思わせる古典の佳曲。若干固いように思えるのは、この厳格な舞台のせいか。それでも、演奏は一分の隙も揺らぎもない。このシチュエーションに似つかわしいかどうか分からないけれど、いいものはどこで聴いてもいいんです。

クラシックと能のコラボレーションにも興味はあったのですが、床下に壺が埋められて、独自の音響効果とした能舞台での弦楽器の響きは如何なものであるのかと、そちらも重要な関心事。が、ヴァイオリン属の声音が上へと広がるせいか、低い天井での反射によるエコーは感じても、壺の効果は体感出来ない。・・・というか、分からない。しかし、緻密な総檜造りの舞台は西洋楽器を拒むことなく、幽幻なサウンドにしているようにも思えます。

二曲めに移る前に、岩井さんからご挨拶と謝辞。次の演目となるパウル・ヒンデミットとその楽曲についての解説。かなり緊張しているとのことではあるが、この環境のせいばかりではなく、監修として立ち会われた人間国宝に依るところが大きいとのこと。

交響曲やオペラだけではなく、ほぼ全ての楽器のためのソナタを著した前世紀ドイツを代表する作曲家が7曲作った弦楽四重奏曲のうち1945年に書かれた「弦楽四重奏曲 第7番 変ホ長調」。
調性感が希薄で現代的なようで古典の風香も漂わせる作品。無駄な音が少なくて、端正な印象がこのシチュエーションに似つかわしいように思えました。

それで、前半終了。後半に向けて舞台の拵えを変える間インターミッションになるのかと思いきや、女性三名は揚幕の向こう、鏡の間へと下がるが、岩井さんだけ残り、「クラシック&能」、そのコラボレーションに至った経緯の説明。
この公演は、人間国宝でもあるシテ方観世流能楽師、大槻文蔵さんが監修として、演目の選定からリハーサルにも立ち会われ、メンバー一同身の引き締まる思いでこれに臨んだとのこと。
・・・と、岩井さんがチラチラと揚幕の方を気にしている様子。
それをきっかけに五色の幕が上がって、橋懸をしずしず摺足で歩んでくるのは、大阪クラシック・プロデューサーの大植英次。いつになく地味なお召し物。黒ひと色でなく、全身が海松色に近いコーディネートで、足元はやはり白足袋。
橋懸から本舞台へと進み、そこにひれ伏して、この公演に訪れた500名の観客に対する恭儉の意。
舞台の正先に座したまま、ヒンデミットについて、それからこの「クラシック&能」が実現出来たことへの感謝の言葉。
プロデューサーが鏡の間へと下り、岩井さんも一旦そちらへ。

改めて弦楽四重奏団が橋懸から本舞台へ。後半のスタート。
後半は能楽師のために舞台の正中を譲り、カルテットの位置は鏡板のすぐ前、老松の根方を避けるように、笛柱に寄った笛座前辺り。
能楽とのコラボレーションのために用意された楽曲は、「アントニーン・レオポルト・ドヴォルザーク弦楽四重奏曲 第12番 へ長調 作品96 『アメリカ』」。
共演するにあたって、頭を使い、気を遣い、悩みに悩んでこの楽曲になり、監修された人間国宝・大槻文蔵さんからも了承を得たのだとか。ドヴォルザークが滞在中のアメリカで書いた、彼の代表作でもある弦楽四重奏曲。4つの楽章からなり、その中にはどこか東洋的なペンタトニック、当時アメリカにいた黒人の間で広まったスピリチュアル・ミュージック、ドヴォルザークの故郷の民謡を思わせるようなボヘミア調のメロディが入り、ヨーロッパ音楽でありながらヨーロッパ音楽でないような、まさに「新世界」な作品。

やや場違いに感じる第1楽章の長閑な序奏。それが徐々に熱を帯びる中、能楽師が現れる気配はなく、第1楽章は終えてしまう。
第2楽章は6/8拍子、新世界から一転、ボヘミア調の哀感漂う緩徐楽章。その郷愁を誘うメロディに呼応するように能楽師・大槻祐一さんが揚幕の向こうから橋懸へと進み出る。
その装束は黄蘗色。「ハコビ」と呼ばれる足遣いで、滑るように本舞台へと移る。
能は「所作」と呼ばれる約束事に成り立つ芸能で、厳たる「」によって構成される。無駄な動作を省き、端正な所作の中に機微までも表現する。不勉強で、眼にする機会もほとんどない能楽の、その所作が示すところに理解は及ばない・・・のだけれど・・・、
この公演では、地謡囃子方もいない。それに変わるのがストリングス・カルテット。所作の中に含まれる感情を表現するのは、黒人霊歌であり、ボヘミアン・フォークロア。『アメリカ 第2楽章』の哀愁なら読み解ける? 旧い日本語より、節永きヴィオロンの啜り泣き。何せ、血中仏蘭西人濃度が高いもので・・・。
せめて、「所作」や「」を事前に学習しておけば、もう少し深く理解出来たであろうに・・・と後悔しても始まらない。ただただその端正な動作に観入るばかり。
中欧由来の旋律が、其処でもなく、西欧でもなく、新世界たる亜米利加でもなく、「」でもないものへと窯変し、不思議な世界を形成するようで、その空気感がなんとも面白い。
第2楽章が終わる前に能楽師は鏡の間へと下がる。そして、第3楽章は3/4拍子の快活なスケルツォ。そこでは姿を現さない。
最終楽章は華やかで歓喜に満ちたロンド。五色の揚幕が差し上げられて、大槻祐一さんが再び橋懸へと進み出る。
装束が変わって、涼しげな白群色。第2楽章と異なる曲調。「」も少し変わり、「運び」の速度も変わる。一つひとつの動作の意味は分からないが、緩急をつけた摺足の運びを追いながら、ストリングスの音に耳を澄ませる。『E = mc2』にも似た、要約された簡潔な宇宙。それがこのコラボレーションで得た”解答”。
アメリカ』の演奏が終わっても拍手を忘れるほど観入ってしまっていたような。
それから思い出したように、万雷の拍手。鳴り止まない拍手に、二度三度、本舞台から鏡の間へと橋懸を往復するカーテンコール。
面白いものを拝見した・・・というより、貴重な体験をさせて頂いた思いがします。

それまでに「所作」についても学習しておくので、来年、機会があれば、是非ぜひ再演して頂きたい。出来れば、次はジャポニスム(japonisme)に沸いた『良き時代』のフランス近代音楽がいいかなァ・・・と我儘に思いつつ、残念なことに、1959年に開館した大阪能楽会館は老朽化が激しく、今年末には閉館・取り壊しが決まっている。
前市長をお陰をもってか、大阪市からまた、文化の灯火がひとつ消えてしまうわけですな。
しかし、この「特別公演」で「大阪クラシック」の新しい可能性が見出せたわけですから、これを機会に様々なコラボレーションを試みて頂きたいとも思うわけで、何しろ、プロデューサーの仰るには「あと100年続ける」とのことですから・・・。次は「クラシック&文楽」?

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